『サブマリン』(講談社文庫)の感想

書籍
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かつてやった失敗。
かつて受けた辱め。
かつて犯した罪。
そんな、思い出すだけで苦痛が蘇る、かつての記憶。

決して消えはしないけれど、事実は時間とともに「過去」となり、やがて記憶奥底へと沈んでゆく。
しかし、ふとした瞬間に「過去」は苦痛を引き連れあなたを苦しめる。
それは海底からこちらを狙う潜水艦かの如く・・・。

家庭裁判所調査官の武藤は、無免許暴走運転によって1人の男性を死なせてしまった少年・棚岡を担当する。ただの非行少年による暴走行為かと思われた事故の裏には、かつて少年が目にした悲惨な出来事が大きく関係していた。
10年前。かつて小学生だった棚岡は、目の前で友人が亡くなってしまう現場を目撃する。その事故原因は、正に自身が罪に問われている未成年の無免許暴走運転事故と同じであった。

棚岡少年の中にある、かつての友人との思い出と、かつて遭遇した事故の衝撃。
元少年の若林が犯したかつての罪と、今も消えない非難の声と、後悔の念。
そして、調査官の陣内が、かつて交わした少年との言葉。

消えない「過去」が記憶の海から浮いては沈み、少年たちの心を揺さぶる。

『サブマリン』のあらすじ

家庭裁判所調査官の武藤は貧乏くじを引くタイプ。無免許事故を起こした19歳は、近親者が昔、死亡事故に遭っていたと判明。また15歳のパソコン少年は「ネットの犯行予告の真偽を見破れる」と言い出す。だが一番の問題は傍迷惑な上司・陣内の存在だった! 読み終えた瞬間、世界が少しだけ輝いてみえる大切な物語。

出典:伊坂幸太郎「サブマリン」特設サイト|講談社文庫(http://kodanshabunko.com/submarin/)

『サブマリン』と前作『チルドレン』

今作は連作短編小説『チルドレン』の続巻に当たる。
『チルドレン』5つの短編で構成されており、世界観と登場人物は共通しているが時間軸がどれもバラバラとなっており、それぞれが完結短編作品して読むこともできるが、1冊の長編小説として読むこともできるトリッキーな作品であった。

そんな『チルドレン』の続編となる『サブマリン』は1冊で同一時間軸を描いた長編小説となっている。時間軸は前作で表題作だった「チルドレン」「チルドレンⅡ」の数年後を描いた物語となっており、同じく前作で登場した家庭裁判所調査官・武藤とその先輩・陣内が物語の主軸となるほか、「バンク」「レトリーバー」で登場していた盲目の青年・永瀬と、その恋人・優子も登場する。そして、前作よりも更にクセ強な少年が武藤と陣内を翻弄する。

『サブマリン』が示す意味

先述した通り、本作『サブマリン』は連作短編小説『チルドレン』の続巻に当たる。
チルドレンにサブマリン。字数も同じで韻も踏んでて語感が良い。
ただ書影を見ただけでは何が何だかさっぱりな題名である。が、読んでみるとなるほど納得。
家裁調査官の非行少年たちとの交流を描いた『チルドレン』。非行少年たちの闇をより深く描く『サブマリン』。潜水艦サブマリンとは言い得て妙である。

過去の出来事が不意に思い起こされる、なんてことは誰しも経験があるだろう。顔が緩んでしまうような楽しい記憶なら何度だって思い出したいが、頭を抱えたくなる失敗や、顔を覆いたくなる恥ずかしい記憶であれば、できれば思い出したくない。都合の悪い記憶だけ消したいところだが、スマホの写真データを消すような機能は人間に備わっていない。できるのは時間経過で記憶を不鮮明にさせるか、もしくは結果をポジティブに捉える訓練をするか、その程度だろう。

ならば辛い記憶ならどうだろう。そういった記憶ほど、時間でどうにかならない程に鮮明に、深く脳に刻まれるだろうし、簡単に良い方向に解釈するなんて出来ないだろう。それが、人をあやめた記憶なら尚のことだし、誰かを亡くした記憶も同様だろう。きっと思い出す度に深い後悔と憤懣の念に苛まれることだろう。

行った事実、受けた事実は消えはせず、記録は残りつづけ、記憶は繰り返し感情を伴いながら再生される。そんな思い出される記憶を深海から攻撃を仕掛ける潜水艦サブマリンになぞらえ書名に掲げたのだろう。

記憶がもたらす感情と事故の因果

とはいえ、強度に差はあれど、誰だって頭の中にも潜水艦が潜み、いつもこちらを狙っている。
僕なんてのは誰かと会話をする度に潜水艦が建造されており、直後には悔しさと恥ずかしさを詰め込んだ魚雷が、メンタルという名の装甲板に損傷を与えてくる。幸いまだ精神は病んでおらず轟沈には至っていない。

もちろん艦数や火力は人によって違う。家裁調査官・陣内のように精神の図太い人間ならば、作り出される潜水艦も無ければ、メンタルが傷つくなんてことも無いだろう。しかし、作中の非行少年たちのような繊細な者もいれば、盲目の永瀬に絡んだ男性のように執念深い者もいる。我々もまた、いつだって彼らのように感情が暴走し、犯行に及んでしまう可能性はある。
考えてみると、その人の生活環境にもよるが、感情の制御と事件・事故の発生にある深い因果を感じさせられる。メンタルケアの方法を知り、潜水艦と上手に付き合っていきたい。

陣内という男

今作もやはり陣内がすごい。

最もらしいことを言ったかと思えば、実は何の根拠もない嘘話だったり、誰に対しても横暴な発言をしていたかと思えば、暴漢には向かってド正論を言い放ったり。自由かつ自分勝手な主義を掲げているようで、出てくる主張に一貫性がない。

そんな「滅茶苦茶」が服を着て歩いているような男。
もし実在の人物だったなら、こんな憎たらしい奴には絶対に近づきたくないと思う。
しかしどうしたものか、憎たらしいのに憎み切れない。嫌いにもなれない。

作中で陣内と武藤が小学生を狙った暴漢を捕まえた後、何人かの男女が陣内の元へ集まってきたエピソードがあり、なんとその男女は皆、かつて陣内が担当した非行少年・少女であったことが分かる。しかも集まってきた理由が「懐かった」「暇だった」「何となく」といったものである。
普段破天荒な陣内にも誠実なところがある。その誠実さが周囲を動かし、少年たちの心を動かす。
そして荒い発言の裏でとんでもなく良い事を言う。
たとえば以下のような台詞がある。

味方や仲間はもちろん、どんな敵に対しても、そいつの大事にしているものを踏みつけるような真似はするな。

出典:伊坂幸太郎.サブマリン.講談社.講談社文庫.2019.P126

自身の溜飲を下げるため、或いは自身の立ち位置を上げるために、相手の“大事”を蔑ろにし、相手の自尊心を傷つける。
会話を楽しくするために口にした誰かの悪口・影口が、知らぬ間に誰かの命を削っていることもある。やられたら嫌だし、聞いてて気分も悪い。相手を尊重できる人間でありたい。
という言葉である。子どもに教えてあげたいくらい良い言葉だと思う。
ここだけ切り取ると破天荒な陣内らしくないが、直前に全く真逆の発言をしており、やはり陣内は陣内なのだと思わされる。

こういった時折り見せる善人らしさと、物語後半で明らかになる破天荒だけど誠実な行動力により、迷惑だと思われながらも慕われているのだろう。そしてその滅茶苦茶さが読者の心を掴んでいるのだろう。それが、陣内という男である。

まとめ

  • サブマリン = 非行少年たちの闇の深さ・記憶の思い返される苦しい過去
  • 滅茶苦茶で破天荒で誠実な男・陣内

◯書籍情報
作品名・『サブマリン』
著者・伊坂幸太郎
販売元・株式会社講談社
レーベル・講談社文庫
発売日・2019年04月16日
定価価格・660円(税別)
形態・文庫本
判型・A6判
ページ数・345
ISBN・978-4-06-514595-1
伊坂幸太郎「サブマリン」特設サイト|講談社文庫・http://kodanshabunko.com/submarin/

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