可愛らしい装丁に釣られ、ついつい買ってしまった。
恥ずかしい話ではあるが、この本を手に取るまで伊坂幸太郎先生の存在を知らなかった。そんな僕にとっての伊坂作品童貞卒業作品こそ、今回紹介する『マイクロスパイ・アンサンブル』である。
『マイクロスパイ・アンサンブル』の概要
見えていることだけが、世界の全てじゃない。知らないうちに誰かを助けていたり、誰かに助けられたり。失恋したばかりの社会人一年生と、元いじめられっこのスパイ一年生。二人は、さまざまな仕事やミッションに取り組むが、うまくいくことばかりではなくて……。
出典:伊坂幸太郎『マイクロスパイ・アンサンブル』特設サイト|幻冬舎 (https://www.gentosha.co.jp/s/microspyensemble)
猪苗代湖で2015年から開催されている音楽フェス「オハラ☆ブレイク」のために、伊坂幸太郎さんが毎年書き続けた短編「猪苗代湖の話」。会場でしか手に入らなかった7年分の連作短編が満を持して書籍化!
失恋したばかりの社会人(以降、社会人)の日常。
元いじめられっこであるスパイ(以降、スパイ)の任務。
一見、異なる世界観である2人の行動が意図しないところで交わり、意図せず支え合う。
社会人の小さな日常と、小さなスパイ。2人が起こす小さな偶然と、気持ちよく回収される小さな伏線。たくさんの「小さな(マイクロ)」が調和(アンサンブル)し、1つの物語を紡ぐ。
それが『マイクロスパイ・アンサンブル』である。
ちなみに本書は、福島県の猪苗代湖で開催された「オハラ☆ブレイク」というフェスにて、過去7年の間、毎年配布していた短編小説をまとめ、書籍化したものである。
『マイクロスパイ・アンサンブル』の見どころ(ネタバレ注意)
社会人とスパイとのサイズ差の気付き
本書の面白さはここにある言ってもいい。
読み進めると何となく気付いてくるが、主軸となる社会人とスパイは同じ「人間」でありながら、その大きさは全く異なる。
具体的には、読者と同じ人間サイズ感の社会人に対し、スパイは昆虫よりも少し小さいサイズ感となっている。マーベルコミックの『アントマン』を想像すると分かりやすいかもしれない。
サイズ感について、あらすじや紹介文にも明記されていなこともあり、多くの読者はこの事実を知らないまま読み進めていたことだろう。1年目のグライダーのシーンを読んだだけでは、この本は何の物語なのか、全く見当がつかなかない。しかし、両者のサイズ感に確かな違和感が残る。
その違和感は、2年目のカゲロウのシーン、3年目のスマホのシーンにより、徐々に「小さな人」あることを疑いだす。
そして、4年目のマグカップのシーンによって疑いは確信へと変わり、最後の6年目で名言されることで確信へと変わり、タイトルの『マイクロスパイ』の意味が回収される。
「違和感→疑念→確信」このプロセスが堪らない。
物語の謎を予測しながら読み進め、謎に対して腹落ちする解を得た瞬間、なんとも言えないカタルシスを得ることがでいる。
この本の面白さはこういった体験にある。
前情報無しでも満足出来る
正直なところ、本書を読んでいる最初の方の「アウェイ感」は凄まじかった。
元々著者のことはおろか、猪苗代湖が何県のどんな湖なのかもわからない。当然、音楽フェスのことも、作中で引用される詩やアーティストだって分からなかった。そんなアーティストたちの楽曲の詩が所々引用される。その度に、僕はどことなく疎外感を覚えた。
常連客の多い居酒屋に初めて入るくらいの疎外感だ。
疎外感を和らげたのが、キャラクターへの愛着である。
失恋しふわふわしてた社会人と、元いじめられっ子の弱々しいスパイ。実に7年にもなる時間経過によって、2人がたくましく成長する。その過程を年刻みで追う内に、読み手はいつしか2人に対して深い愛着を抱くようになる。そうなったころには、本書から感じられた「アウェイ感」は、もうどこかへ消えていることだろう。
最初感じていた疎外感は次第に愛着へと変わり、いつの間にか本書の常連客へと変わっていく。
僕のように、何ひとつ前情報を持たない人でも満足出来ることこそ、本書の強みである。
まとめ
先述した通り、事前情報なしでも十分に楽しめる。しかもぺージ数が190ページとそこまで多くない上、物語も本書のみで完結しているので、気軽に手に取って読むには丁度良い読みやすさとなっている。
元々短編だった小説をまとめた本なだけあって、毎章小さく纏まっており、難解な伏線が無いのおかげで頭を使わず気楽に読める。
お手軽に読める小説ってどれだろう?
そんな人にオススメしたいお手軽な1冊である。
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