夏っぽい作品を読んだ。10月に読み終えたにも関わらず、どういうことか日中最高気温は夏日のそれとさほど変わっていない。これって“夏らしい本を夏に読んだ”ってことになりませんかね?
とある小学生が自殺した同級生の死の真相を追う。そんな内容のミステリ小説、という皮を被ったサイコホラー、と見せかけたSFサスペンス。タイトルといい、背表紙のあらすじといい、てっきり低年齢でもいける大衆向け作品と思い、手に取り読んでみた。ところがどっこい中身は全く低年齢向けでもない。カレー屋と思い入った店が本当はシチュー屋で、それならと思いシチューを頼んでみたら肉じゃがを出された、という感じ。カレーを頼んで肉じゃがが来ても耐えられる人が楽しめる作品。つまり本作は人を選ぶ作品である。
そんな本作の面白かった点やら気になった点やらを以下に書き連ねてみる。
本作はクソデカどんでん返しによるカタルシスを一番の売りとした作品、と僕は評価している。迫り来るサイコホラー要素のゾクゾク感も捨てがたいけれど、やはりあの衝撃的な種明かしには敵わない。谷村先生の秘密やら六村かおるの正体、更にはS君だけが知る死の真相といった、序盤から広げてきた大風呂敷を、それもう大胆奇抜に畳み切る。そこから結末までの勢いも止まらならい。創作はここまでやっていいのか、「転生」を持ち出すのはやり過ぎだろ、と思わずにはいられない。そこまでやっておいて物語の筋はしっかりと通っている。それならもう、文句も批判も言いようがない。
しかしながら、いくら筋が通っているとはいえ何も疑問に思わない訳ではない。というか、読後思い出せば思い出すほど疑問が膨らんでゆく。そもそも本作は「転生」を都合よく雑に扱いすぎではないか。3歳児であるミカの発言と思考が明らかに設定年齢を外れている、という違和感の正体が「転生」なのだとして、どういうルールであそこまで3歳児らしくない発言と思考を獲得したのか。生前1ヶ月半の胎児の能力を明らかに超えている。転生後3年間の期間で獲得したにしては、やはりその能力は普通の3歳児よりも大人びている。転生後は生前の年齢や能力に関わらず転生後の姿の脳機能が適用される、とかいうルールなのか。兄弟としての記憶と本能を有した魂的なものが転生先に反映されたのか。いずれにしても答えのない以上、このように憶測を膨らませることしかできない。
違和感を感じたのは妹のミカだけではない。兄貴であるミチオの某名探偵さながらに展開される思考力もミカと同じく、明らかに設定年齢から外れている。ミチオも転生した存在だったのだろうか。だとすると、先に推測した「脳機能は転生後の姿を参照する」というルールに当てはまらない。もしルール通りならば、設定通り人間9歳男子の思考能力を有していなければならない。20〜30代の人間が転生したミチオが生前の脳機能を備えていたとして、転生後のミチオもミカのように生前の記憶を有していたのではない。トカゲ=ミカならば転生前ミチオ≠本作ミチオなのではないか。というかそもそも単純にミチオの頭脳が大人だったからなのか。もうなんもわからん。
といった具合に、良くも悪くも考察の捗る作品である。
◯書籍情報
作名・『向日葵の咲かない夏』
著者・道尾秀介
販売元・株式会社新潮社
発売日・2008年7月29日
定価価格・800円(税別)
形態・文庫本
判型・A6判
ページ数・480
ISBN・9784101355511
『向日葵の咲かない夏』道尾秀介|新潮社https://www.shinchosha.co.jp/book/135551/
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