googleに“世界一運の悪い男”と入力すると、そこには“ダイハード”と“マクレーン”の名がサジェストされる。
しかしいくらハリウッド出身とはいえど、必ずしも人類全員があの輝く頭を思い浮かべるわけではない。
もし筆者がラリー・ペイジならば、“世界一運の悪い男”のサジェストに『777』の“天道虫”を上位表示させるだろう。
知名度がどうかはともかくとし、運の悪さだけならジョン・マクレーンに決して引けを取らないはず。
先日9月21日。株式会社KADOKAWAより伊坂幸太郎の描く最新長編小説『777』が発売された。
同作は『グラスホッパー』から続く「殺し屋シリーズ」の第4作目にあたり、同一世界観の物語として過去に起きた事件や人物、その他設定等を共有する。
シリーズ作としてとりわけ目立つのが、2作目『マリアビートル』からの再登場となる天道虫=七尾の存在だ。天道虫は、先述した通り『ダイハード』のジョン・マクレーンに引けを取らないレベルの“世界一運の悪い男”であり、本作『777』でもその不運っぷりは本人の意図せぬところで遺憾無く発揮されている。シリーズファンにとっては待望久しい登場だったに違いない。
因みに、筆者はシリーズ2作目のハリウッド映画版『ブレット・トレイン』を視聴したのみで、原作本については全くの未読である。過去シリーズを知ったように語ってはいるが、実は極めて中途半端なエアプ勢だったりする。
そうなるとシリーズ知識に関してはおかしなバイアスが掛かってしまい、本作を読んでいても天道虫が小汚いブラット・ピットで脳内補完される。
しかしながら『777』はそれ単体で完結した作品となっており、シリーズ未読者だろうと問題なく楽しんで読むことができる。筆者としても事前に過去作を読んでおく必要性をそこまで感じなかったので、選書を検討されている方は思い切って読んでみてほしい。
また、堀内賢雄ボイスの天道虫を脳内再生させたいという稀有な読書体験をしてみたい人は、先にAmazonプライムビデオで『ブレット・トレイン』を視聴しておくとことをオススメする。
軽快で痛快なバイオレンスエンタメ
舞台は地上20階建ての宿泊施設・ウィントンパレスホテル。
「死にたくても死ねないホテル」と呼ばれるホテルは異様な空間へ変わろうとしていた・・・
安全で簡単な仕事のためにやってきた不運な殺し屋・天道虫
元雇い主である乾から逃走中の少女・紙野結花
紙野に雇われたプロの逃し屋・ココ
ココに雇われたボディーガードの男2人組・奏田と高良
紙野確保のため派遣された吹き矢使いの殺し屋6人組
遺体処理にやってきた業者の女子2人組・マクラとモウフ
レストランで食事中の元国会議員な情報機関長官・蓬実篤と秘書・佐藤
そして蓬と同席するネットニュース記者・池尾
またしても出たくても出られない男。逃げる少女と、追う者たち。そして、界隈で噂の「業者殺し」・・・
裏の世界に生きる奴らが今日、1棟のホテルへと集う。
個性豊かな業者たちがそれぞれの思惑のもとに集い、血飛沫を上げ、軋轢音を鳴らしながら、目まぐるしく交錯し、やがて真相に辿り着く。
というのが大まか流れ。
なんといってもハイスピードなアクション展開が特徴的な『777』。
20階建てホテルを舞台に、追われる者が上へ下へ、助けを求め部屋へ隠れる。追いかける者も上に下に右往左往、扉を開けたその先で出会い頭に即ドンパチ。視点に階層、部屋、死者数。
激しく変わる状況にめくるページが止まらない。
全体的に台詞が多く、大半が人物同士の会話によって物語が進行する。しかもそれらの台詞が全て伊坂先生らしさ全開で、気取りがなく素朴である上にどこかユーモアに富んでいる。そこにギャグとしか思えない天道虫の不運っぷり。これには殺伐とした設定群も緩めな雰囲気にならざるを得ない。
しかし本作は「殺し屋シリーズ」。締めるべき大事な場面ではしっかりその場を引き締める。
終盤に天道虫が紙野の元へ向かう場面転換は特にメリハリがあり、これまでとは一点して息を呑むほどの緊迫感へと変わっている。この場面は緩くてハードな本作らしさが表されていたせいか一番印象に残っている。
軽快なテンポの良さと痛快な業者たちの会話。そして適度な緩みと引き締まりの効いた展開。一つとなって得られる没入感は一度読み出せば止まらなくなる。
読者を欺く衝撃の伏線回収
伊坂幸太郎作品といえば、伏線回収の美しさに妙味がある。
『777』も過去の伊坂作品と同様、個性豊かな人物たちによる複数の視点から物語が展開される。その各視点に伏された小さな断片が、最後に1つの物語へと繋がる。宛ら散らばったパズルのピースのようで、組み合わさる美しさと完成時のカタルシスが堪らなく気持ちいい。
依頼された「簡単な仕事」を終えホテルからの脱出を試みる天道虫。乾から逃れるため逃し屋・ココと逃走を図る紙野結花と、彼女を捕まえるため乾から雇われたホテルへやって来た業者6人組。仕事のため会食に訪れた蓬長官。突然呼び出されたマクラとモウフ。
推理小説のように驚きの推理を披露するわけではなく、物語の進行とともに1つの真実が明らかになる。散らばったパズルのピースが意外な形で組み合わさり、やがて思いも寄らない1枚の絵画となる。その組み合わさり方が非常に美しく、組み上がった時のカタルシスが気持ちいい。
本作『777』では、読者のみならず、登場人物全員を欺いた衝撃的な真実が明らかになる。過去に起きた殺傷事件も、紙野が狙われる理由も、乾の残虐性も、全部揃った1つの真実へと変わる。
善が悪に見え、負が正へと変わる。認知の歪みによる巧みなどんでん返し。
最後に訪れたその状況こそ、全ての黒幕である奴にとっての「777」だったに違いない。
リンゴはリンゴになればいい
「梅の木が、隣のリンゴの木を気にしてどうするんだよ」
「梅は梅になればいい。リンゴはリンゴになればいい。バラの花と比べてどうする」
これは、誰かに嫉妬と羨望の感情が浮かばないのか、という殺し屋・奏田の質問に対して相棒の高良が返した言葉である。この言葉は後に、自身の境遇を憂う天道虫と紙野に気付きを与えることになる。
本作には“嫉妬と羨望”の感情を抱えた人物が数名存在する。
例えば処理業者のマクラとモウフも、物語冒頭から嫉妬の感情を吐露している。お互いに小柄な体型な為かうだつが上がらない学生時代だった過去をもち、業者となった現在でも乾のような「生まれながら持っている人=スイスイ人」を羨み妬んでいる。
逆に、6人組業者のような羨まれ妬まれる側の人物も存在する。6人とも体格・容姿・能力に恵まれた所謂「スイスイ人」であり、持たざる者として描かれるマクラとモウフとは対照的な存在となる。
そして、紙野結花は忘れられない事を羨望されるが、本人は忘れられる事を望む。
そんな彼女が、前述した高良の言葉にこう答えた。
「他人と比べたら時点で、不幸が始まりますね」
それを聞いた天道虫は自身の不運を受け入れ(或いは諦め)、捕まった紙野の元へと向かう。
梅は梅、リンゴはリンゴ。オカンの言う「他所は他所、うちはうち」と似たありふれた言葉だ。
しかし天道虫と紙野の視点から読み解くその言葉からは、しっかりとした重みが感じられる。
他人は他人にしかなれない。自分にしかなれない自分でありたい。
とはいえだ。
欲望まみれの人類が容易く割り切れるはずもなく、持っていない物は欲しいと思うし、手に入らないと分かると悔しく思う。誰もがいつだって誰かへの嫉妬に狂う。
そうでなければ泥棒なんて出てこないし、警察も弁護士もいらない。
先の人生、たまには本書を読み返し、幸福な生き方について考えてみるのも悪くない。
◯書籍情報
作名・『777 トリプルセブン』
著者・伊坂幸太郎
販売元・株式会社KADOKAWA
発売日・2023年9月21日
定価価格・1,700円(税別)
形態・単行本
判型・四六判
ページ数・296
ISBN・9784041141472
「777トリプルセブン」伊坂幸太郎[文芸書]|KADOKAWAオフィシャルサイト・https://www.kadokawa.co.jp/product/322305000745/
コメント