榛名丼=著『レプリカだって、恋をする。』、読んでみた。
なんとこの作品、昨年募集されていた第29回電撃小説大賞において[大賞]を受賞した作品との事。応募総数4,128作品の中でも選りすぐりの1作ということもあって、読む前から既に期待大の一作である。
そんな業界でも大絶賛な今作のあらすじと感想を以下にまとめる。
『レプリカだって、恋をする。』のあらすじ
愛川素直によって呼び出され、愛川素直が望んだ通り、愛川素直のように生活する。
彼女は愛川素直であり、愛川素直ではない。
同じ見た目、同じ記憶の分身体。
自我はあっても自己はない紛い物。
望めば出てくる、もう一人の愛川素直。
科学的に生み出されたクローンでもなければ、似せて作られたAIロボットでもない。
誰も知らない、秘密の存在。
彼女は、愛川素直が生み出した、愛川素直。
ある朝。呼び出されたレプリカは、オリジナルに代わりいつもの様に高校へ登校し、いつもの通り文芸部の部室へ向かう。後半の律子と2人で活動するいつものその日、突然入部を希望する男子生徒が入室する。彼は同級生の真田秋也。バスケ部で将来を有望視されたエース選手、だったが・・・。
そんな秋也に、男子に不慣れなレプリカは当惑するも、徐々に心惹かれていくのであった・・・。
自分の意思で登校もできず、姿形も名前も自分のものではない。
そんな彼女が、紛い物ではない、だけの恋をする・・・。
『レプリカだって、恋をする。』の感想
いいですね、高校生同士の恋愛。
この作品を読む以前、恋愛作品というものをてんで見なくなった。小説に限らず、ドラマやアニメでいくらでも恋愛ものの作品は転がっているにも関わらずだ。別に嫌いなジャンルというわけでも無いし、見ようとすればいつでも見られる環境も揃っている。自分が結婚したことで色恋にがっつかなくなったのが原因として大きいのかもしれない。多分、今そういった作品を見ても共感出来ないだろう。ましてやアラフォーに片足の親指第一関節を浸けた男がだ。
と、思っていた考えを改めるくらい、この作品に心動かされた。
見た目の第一印象が良い
この作品自体が他のラノベ作品と一線を画している気がする。
そもそも僕の想像するラノベといえば、イラストが多く、オノマトペの擬音が多用され、文章は台詞が中心。作品タイトルはやたらと長い上にどれも似たり寄ったり。表紙はやたらと派手で情報量が多い。売り出されているのはどれも人気長編シリーズか、人気ジャンルの異世界転生もの。正直、ラノベコーナーを眺めているだけで情報過多を起こしてつかれてくる。
そんな偏見塗れたラノベの山の中、書店で見かけた『レプリカだって、恋をする。』は大分様子が違った。
控えめな配置のキャライラスト。
派手さとは無縁の爽やかな色使い。
小洒落たフォントのシンプルな作品タイトル。
僕のラノベへのイメージと真逆だ。こうまでイメージと違うと逆に目立つ。
こうなると手に取って裏面を確認せずにはいられない・・・。
異世界の”異”の字もない。SFっぽさはあっても血生臭さは皆無だ。
どう見たって泣ける恋愛小説にしか見えない。
そして帯に燦然と輝く「大賞」の2文字と、華々しい賞賛コメントだ。
ここまで書かれていてもう面白い訳がない。
給料日直後ということもあってか、購入を決めるのに時間は掛からなかった。
この作品、もう見た目だけで満足度が高い。
レプリカらしい繊細でユニークなモノローグ
本作は、16歳の少女の、しかもSF的な力で生み出されたクローンのような少女が主人公であり、物語は彼女の一人称視点で進行する。
女性作家さんの作品なだけあり、高校生女子のモノローグがいちいち生々しい。それでいて繊細且つ丁寧に描かれる心情は、名も体も借り物であるレプリカの純朴さを思わせる。これまでのラノベへの印象がひっくり返るレベルで美しく、読み心地の良い文章だ。
なによりレプリカという存在が面白い。
自我を持っているのに存在そのものをオリジナルに掌握されていたりと、レプリカは何かと不遇な扱いを受ける。にも関わらず、レプリカはただ愚直にオリジナルのために尽くそうとする。喜んでもらいたかったり、遠くに行ってみたかったり。どの願いも切実過ぎて、読んでて胸が締め付けられる。
こんなにも悲しい存在だったとは。
そもそも「レプリカ」と呼ばれる存在がどの様に生み出されるのか、原理とか技術考証とか、そういった説明は一切ない。というあ「レプリカ」という呼称さえも正式なものではない。
それでも設定が無いわけではなく、服装や記憶は呼び出された時の姿がオリジナルと同じ状態になったりや、消える時は呼び出された後に身につけた衣服等のみ残るなど、一応設定らしい設定がある様だ。また、レプリカはオリジナルと記憶を共有しているが、オリジナルの表した感情や積んだ経験までは共有されない。レプリカは、オリジナルが眠るベッドの感触を知らないし、オリジナルが出席した遠足で何を感じたかも分からない。レプリカの心情は、オリジナルの記憶と、呼び出されている間に得た僅かな経験が基となっている。
そんなレプリカが恋することで心情に変化が起こる。特に中盤以降になると心情の変化は著しく、秋也と動物園で見たレッサーパンダを比喩として多様するようになる。その経験が如何にレプリカにとってどれほど大切なものなのかユニークに現しつつも、今まで得てきた生の経験がどれほど少なかったのかを表している。
説明だけでは分かりにくいオリジナルとレプリカとの違いをより明確にするとともに、AIやクローンのような無機質感をリアルに表す素晴らしい表現方法だと言えるだろう。AIロボットが徐々に自我持つようになる作品がある様に、この作品におけるレプリカも徐々に本物の人間らしくなっていく。これにはSFオタクもニッコリに違いない。
優しくて綺麗な終わり方
中盤以降、秋也に正体がバレる辺りから一気に様子が変わる。
この手の秘密は往々にしてバレるものなのだと思っていたけれど・・・。
レプリカバレによって更にいい感じの関係になりつつも、しっかりと秋也の問題も解決させた上に、素直とナオ(レプリカ)との関係も修復させて物語を結ぶ。
レプリカ側・オリジナル側両面が良い方向に向かうという芸術点の高い終わり方を見せてくれた。
文章にすると都合の良い展開に見えなくもないが、読んでいる間は全くそうは思わない。
というのも、実は痛みを感じてたりとか、呼び出された時のオリジナルの状態をトレースされたりとか、設定と伏線の回収され方が秀逸なためか展開に無理がない。
素直のレプリカに対する心境の変化もやはり無理がなく、同じ顔であるが故の感じていた恐怖と嫉妬が丁寧に描写される。素直の「私より愛川素直らしい」という台詞から伝わる羨望の念もどこか切実で愛おしく感じる。
結局レプリカの存在が何なのか、という疑問は残ったまま終わってしまう。しかし、下手に謎の科学考証が入ってしまうと逆に冷めてしまいかねないので、なんとも難しいところだと思う。ちょっと不思議な存在のまま終わったと思えば、まあそれはそれで良かったのかもしれない。
まとめ
今回は『レプリカだって、恋をする。』のあらすじと感想を簡単にまとめてみた。
表紙と紹介文のイメージ通り、爽やかさと切なさが両立した良い作品だった。たまには恋愛物のラノベを読んでみるのも悪くないと思えてきた。
あの商魂の権化KADOKAWAからの出版文庫レーベルがあの電撃文庫ということもあり、今後の展開を大いに期待したいところだ。既にコミカライズ版が決定しており、公式特設サイトでは試し読みが可能となっている。これからの『レプリカだって、恋をする。』と榛名丼先生の動向にもますます目が離せない。
今のうちに是非一読頂きたい。
――応募総数4,128作品の頂点――
第29回電撃小説大賞《大賞》受賞作
具合が悪い日、面倒な日直の仕事がある日、定期テストの日……。彼女が学校に行くのが億劫な日に、私は呼び出される。
愛川素直という少女の分身体、便利な身代わり、それが私。姿形は全く同じでも、性格はちょっと違うんだけど。
自由に出歩くことはできない、明日の予定だって立てられない、オリジナルのために働くのが使命のレプリカ。
だったはずなのに、恋をしてしまったんだ。
好きになった彼に私のことを見分けてもらうために、髪型をハーフアップにした。
学校をさぼって、内緒で二人きりの遠足をした。そして、明日も、明後日も、その先も会う約束をした。
名前も、体も、ぜんぶ借り物で、空っぽだったはずの私だけど――この恋心は、私だけのもの。
海沿いの街で巻き起こる、とっても純粋で、ちょっぴり不思議な“はじめて”の青春ラブストーリー。
Amazon.co.jp より
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