『夏の庭 The Friends』の感想

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夏なので湯本香樹実=著『夏の庭 The Friends』を読んでみた。おかしい…まだ梅雨は明けてないのに…。

 人の「死」について興味を持った少年の木山・河辺・山下は、時期に亡くなると噂される1人の老人に目をつける。その老人が亡くなる瞬間を目撃するため、彼らは老人の住む家を夏休み中観察ことにした。窓際に映るコタツの赤と、テレビの青い光。玄関前に置かれたゴミ袋の臭い。数日に一度の出かける行き先。少年たちは探偵さながらに、老人の暮らしを塀の外から根気よく見守もり続ける。ある日、木山は気まぐれにも代わりにゴミを捨てあげようと思い立つ。その行動が機となり、少年たちと老人と交流が始まった。
 という、あらすじ。

 本作は、3人の少年と老人による交流を描いた一夏の物語となる。監視する側と監視される側の関係は、いつしか年代や血の繋がりを超えた関係となる。交流のなかで、少年たちは広い視野と新たな考え方を学び、孤独で煤けたおじさんの世界は彩りと賑やかさを取り戻す。その関係性に尊みと温かみ、そしてどこかしら懐かしみのようなものを感じずにはいられない。

 懐かしさによって想起される記憶に妙なリアル感が伴っている。それはきっと、物語と同じ夏の時期に読んだせいだからだろう。太陽光による刺すような肌の痛みと、目を開けていられないほどの眩しさ。そしてむせ返るようなアスファルトの臭いと、生温くなった水の味。クーラーで肌がカラッと冷えるなる感覚と、天井から吊るされ風になびく風鈴の音。どれを取ってもそんな風景は本作に描写されて“無い”。にも関わらず、僕のなかに眠る夏の記憶は、本作を読むことで条件反射的に五感を通して再生されていった。夏の記憶は脳に保存されるのではなく身体に刻まれているものなのかとみじみ思わされる。

 もう一つ懐かしさを感じたことがある。それは、本作でも少年たちが疑問を持った「死」についてだ。
 就寝前、ふと自分や家族にやってくる死について考えてしまい、恐怖と悲しさのあまり1人涙で枕を濡らした、という経験が誰しもあったことだろうと思う。例に漏れず死が怖くて涙を濡らしんちゅの1人であった。なんなら泣くことを除けば今でも死に恐怖しつづけているし、いつかやってくる家族の死に直面したとき自分はどうなってしまうのか、今でもこれといった答えを見出せず悩むことがある。

「つまりわからないってことが、こわいのモトなんだよ、結局」

出典:湯本香樹実.夏の庭 The Friends.株式会社新潮社.1994.P175

 少年の1人・河辺はこう言った。人は理解の及ばない事象に恐怖する。確かにその通りだと思った。妖怪だの鬼だのに事象に名前や物語が付随しているのは、未知の事象を既知の事象としたいがためだった。とするならば、先人たちの行った創作の動機に正当性が感じられる。死に救いがあると説かれれば安心できるし、少なからず死に対する恐怖も和らいでくるようにも思う。救いを得るために一定の行動と金品が求められれば、そりゃ応じてしまうのも無理からぬことだ。今日に至るまで新興宗教が多く誕生しているのも納得である。ともすると人類は皆一生死が怖くて涙を濡らしんちゅであり続けるだろう。それこそサイボーグにでもならない限り。

 「夏になると読みたくなる本」というのは、今回借りて読ませてもらった『夏の庭 』の持ち主である妻の感想である。確かに、冬に読むよりは夏に読む方がより深い没入間を得られるし、結果作品に良い印象だけが残るのだと思う。そうでなければ日本テレビは夏に『サマーウォーズ』を放送しないし、レンタルビデオ屋もクリスマス時期に『ホームアローン』をオススメしてきたりしない。つまり、妻の言う感想は「面白かった」並に面白みがない感想である。

 その評価をしった上で、僕は本書を読んでみる。この本は夏に読みたくなる本だと思った。そう、結局はそう感じてしまうのだ。湯本さんの描く懐かしくもあり質感鮮やかな表現。そこから得られる「少年の夏」は、なによりも本物の夏を感じながら読むに限る。陽の光にジリジリと肌を焦がす木山たちの姿を想像しながら、かつて同じく肌を焦がしていた自分の記憶を思い出す。そして今現在感じている肌の痛みが記憶と同じであったか確認する。これ以上の没入間と体験はない。だからこそ『夏の庭 The Friends』は夏に読む作品であり、また夏に読みたくなる作品である。


◯書籍情報
作名・『夏の庭 The Friends』
著者・湯本香樹実
販売元・株式会社新潮社
発売日・1994年3月1日
定価価格・550円(税別)
形態・文庫本
判型・A6判
ページ数・224
ISBN・9784101315119
『夏の庭 The Friends』湯本香樹実|新潮社
https://www.shinchosha.co.jp/book/131511

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