『死神の棋譜(新潮文庫)』の感想

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著=奥泉光『死神の棋譜(新潮文庫)』を読んだ。

Amazon.co.jp: 死神の棋譜 (新潮文庫) : 奥泉 光: 本
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書店で何の気無しに手にし購入した本書『死神の棋譜』。将棋未経験・知識皆無にも関わらずどうしてそんなことをしたのか、今考えてみても気まぐれだったとしか思えない。もし、他に理由があったとするならば、本書装丁から漂うただならなぬ魅力を感じたから、なのかも知れない。
それこそ、本作の語り手〈私〉こと北沢が龍神棋に魅入られていたように。

ということで、将棋未経験の僕が、宛ら「玉」や「金」の裏面の如くの真っさらな知識で、所謂将棋小説でありミステリ小説である本書を最後まで読んでみた感想を以下にまとめる。


率直な感想を述べるとすれば「不気味」の一言に尽きる。

あらすじはざっとこんな感じ。

謎の将棋図式に翻弄される棋士と元棋士たち。元棋士の将棋ライターの〈私〉こと北沢もその中の1人である。不詰めである謎の将棋図式を見た北沢は、故あってかつて北海道を拠点とする「棋道会」なる組織の存在と、選ばれた者のみが打つことを許される“龍神棋”を知る。そして、程なくして図式を最初に発見した棋士・夏尾が失踪。北沢は、夏尾の妹弟子・玖村麻里菜とともに、図式と棋道会のゆかりの地「北海道」へ向かう。そこで北沢が目にしたのは、将棋盤と駒を模した岩塊と、その先で盤を見下ろす夏尾であったが・・・。

実在の棋士や建物にリアリティを感じる一方、もし実際にあったとしても存在を疑うレベルの怪しい団体組織が語られる上、どう読んでも語り手の幻覚としか思えないオリジナル超次元将棋による対戦。どう読んでもフィクションなSFな設定だが、鬼気迫った北沢の語りから妙な現実味と説得力を与える。加えて、僕は将棋知識が皆無なのもあって、余計にフィクションの境界がバグってくる。
また、物語冒頭で別時間軸でほぼ同様な事件が結構なボリュームで描かれているのもやばい。(あれ?これ過去の話だっけ?)と途中何度も思ってはページを遡ることもしばしばあったのは、事件の内容と登場人物の関係性がに過ぎているからだろう。おまけに信用できない語り手までも現れる。これはもう、描写されてるのが作中で起きたことなのか、それとも北沢の見る幻覚なのか、或いは妄想なのか、さっぱり分からない。
今思えば、感覚としては深酒をし過ぎて酩酊した時の様な状態に近かったように思う。1冊の文庫本が与える読書体験としては余りにも「不気味」であった。

ただ、本作が将棋知識的ゼロでも、まあどうにかなるレベルで描かれていたのは救いである。
実在人物についても名前が出てくる程度だったし、建物については知らなくてもググって調べればどうにかなった。将棋で対戦する場面は簡易の図によって注釈されていたこともあり、ある程度状況を把握しながら、どうにか緊迫した雰囲気を味わいながら読むことができた。てっきり中学生1年に数学Ⅲの問題集を解かせるような事前知識の応酬があるかと思ったが、幸いそんなことはなかった。未知の分野だったこともあって、とりあえず読み切れた事がなによりも嬉しい。
もしかすると、僕は知らないことに対して過剰に怯えていただけであって、もしかするとそもそも将棋というのはもっと気軽で取っ付きやすいものだったのかも知れない。

ラストは帯に書かれてある通り、衝撃的などんでん返しであった。北沢として追っていたこれまでの事は何だったのかと、読後しばらく放心してしまうほどに衝撃だ。最後までどんより雲掛かっていた事件の真相が、最後の最後30数ページでスッと晴れ渡る・・・とはいかず、腑に落ちはしたものの、どこかスッキリはできない終わり方で締められる。
結局のところ、北沢が執着していたのは過去だったのか。或いは玖村麻里菜だったのか。

将棋に人生を賭けるということが如何に苦しいことなのか。その一端を知れたように思う。プロ棋士としての道を絶たれる事への恐怖と焦り、そして後悔こそ、本作タイトルにもある「死神」なのかもしれない。というのはただのこじつけだろうか。


さて、本作の感想をまとめると

  • 現実と幻覚が混同して“不気味”な物語
  • 将棋知識ゼロでもなんとかなった
  • どんでん返しが衝撃的
  • プロ棋士を続けることの苦悩は余りにも重い

もし次、何らかの形で将棋に触れる機会があるならば、本書を手に取った時のように気軽で、何の気無しに触れてみたいと思う。それくらい、将棋に対してハードルを下げる事ができたのは大きな収穫だった。

死神の棋譜 (新潮文庫)

究極の将棋ミステリが放つ、命懸けの勝負と謎、
そして衝撃のどんでん返し!
「魔の図式」が22年の時を経て、いま蘇る――。
第69期名人戦の最中、詰将棋の矢文が見つかった。その「不詰めの図式」を将棋会館に持ち込んだ元奨励会員の夏尾は消息を絶つ。同業者の天谷から22年前の失踪事件との奇妙な符合を告げられた将棋ライターの〈私〉は、かつての天谷のように謎を追い始めるが――。 幻の「棋道会」、北海道の廃坑、地下神殿での因縁の対局。将棋に魅入られた者の渇望と、息もつかせぬ展開が交錯する傑作ミステリ!(解説・瀬川晶司/村上貴史)

Amazon.co.jp より

以上、ありがとうございました。

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