『夜のピクニック』の感想

書籍
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著=恩田陸『夜のピクニック』(新潮文庫)を読んだ。

高校生活最後を飾るイベント「歩行祭」。それは全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通すという、北高の伝統行事だった。甲田貴子は密かな誓いを胸に抱いて、歩行祭にのぞんだ。三年間、誰にも言えなかった秘密を清算するために――。学校生活の思い出や卒業後の夢など語らいつつ、親友たちと歩きながらも、貴子だけは、小さな賭けに胸を焦がしていた。本屋大賞を受賞した永遠の青春小説。

出典:恩田陸『夜のピクニック』|新潮社(https://www.shinchosha.co.jp/book/123417/)

朝起きて飯を食い、出社して仕事して、家に帰って諸々こなし、布団に入る。
たまにやってくる休日も概ねいつもの休日と変わらない。
そうしてまた朝起きて仕事に行く。それがいつもの日常。

いつもより茶が美味しかったり雑談で面白い話しを聞いたり、ちょっとした変化に遭遇することもある。
しかしどうにも大袈裟に感動できない。日常をこなすことに慣れ過ぎて感性が衰えきっているからだろう。

しかし本書の中の彼らは違った。
「ただ歩くだけ」の行事のなかで見た景色の変化に感動し、隣を歩く友人の色恋に興奮し色めき出す。彼ら、彼女らは、歩行祭という今を、学生という今を噛み締めている。

確かに学生時代は何気ない出来事が大事件だった気がする。
校庭に野良犬が侵入して大騒ぎになり、授業が急遽自習に変わり大歓喜だったり、今よりも感性が鋭かったように思う。社会に適応していく中でかつての純粋さを失っていたことに気づく。

そんな純粋さや青臭さといった青春時代の郷愁を誘う1冊だった。

『夜のピクニック』のあらすじ

恩田陸 『夜のピクニック』 | 新潮社
高校生活最後を飾るイベント「歩行祭」。それは全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通すという、北高の伝統行...

「歩行祭」
それは、全校生徒1200名が朝8時から翌朝8時の24時間をかけて80kmの距離を歩くというもので、舞台となる「北高」では修学旅行の代わりに年1回開催される伝統行事として続く。道中では休憩のために施設に立ち寄ることはあってもレクリエーションなどのために立ち止まることはなく、定期的な休憩と夜中の仮眠を挟みながら目的地まで一直線に歩き続ける。

歩行祭は前半と後半の2部に分かれている。スタートから仮眠までの前半部は団体歩行となっており、クラス毎に列となって目的地を目指す。仮眠後に始まる後半部は自由歩行となっており、全生徒が一斉にスタートし各々のペースで目的地を目指す。そして、ゴール時には着順が与えられる。

3年生の西脇融と甲田貴子は、それぞれの思いを胸に、それぞれの友人と高校最後の歩行祭に挑むのであった。

『夜のピクニック』の感想

一日中ぶっ通しで歩くイベントを通して交わされる生徒たちの友情と成長を描く本作。

道中事件が発生して犯人を探す話でもなければ、ドロドロな人間模様を描いた話でもない。

ただひたすらに高校生が歩きながら会話する。
ただそれだけの物語なのに、なぜか単純さも単調さも感じられない。

生徒たちの些細な会話や景色の変化は、瞬間瞬間を生きる学生特有の感性を感じさせると同時に、かつて自分も過ごしたことのある青春時代を思い出させてくれた。とりわけ風景描写は繊細で、細やかな景色の描写はもちろん、疲れ果てた生徒たちが景色の変化によって気力を取り戻す様子だったり、例えば校庭に野良犬が侵入しただけで大騒ぎになるような、何にでも感動できる学生らしい鋭敏な感性だったりが的確に描写されている。

最も印象深かったのが、貴子たちが海岸線を歩く場面だ。
スタートから昼を過ぎ、疲労も溜まり、ゴールまでの時間と行程に気が沈んできた所、貴子たち一向は潮の香りとともに海の気配を感じ取る。コースは海岸線へと辿り着き、視界いっぱいの海と打ち寄せる潮騒の音が生徒たちを包み込む。視覚的な解放感が生気と活気を与え、
少し前までこの先続く長い道のりに落胆し沈んでいた一向は再び活力を取り戻す。不思議にも、普段そこまで気に留めない波の音と水平線が美しく尊く感じられる。

学生時代に歩行祭なんて行事はなかったし、そもそも80kmの道のりを歩き切ったこともない。にも関わらず、作中の少年少女たちと共に歩き、同じ苦しみと達成感を味わえたかのような、没入を超えた作品への一体感。はかつての苦労と感動を思い出させるかのような懐かしさに似た感動。そこに2004年の発売から今尚愛され続けている理由があったのだと思い、1人納得した。


◯書籍情報
作名・『夜のピクニック』
著者・恩田陸
販売元・株式会社新潮社
発売日・2006年9月7日(単行本・2004年7月30日)
定価価格・800円(税別)
形態・文庫本(新潮文庫)
判型・A6判
ページ数・455
ISBN・9784101234175
恩田陸『夜のピクニック』|新潮社
https://www.shinchosha.co.jp/book/123417/

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