『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅹ 怪談一夜草紙の謎』の感想

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10月24日に発売された『écriture』シリーズ最新巻『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 X 怪談一夜草紙の謎』(角川文庫)を読んだ。

『十六夜月』がヒットしたことで作家としてのステージが上がった李奈。三十階建て駅前マンションに引っ越し、気持ちを新たに次作に取り組む中、担当編集者から妙な頼み事をされる。ベテラン作家・丹賀源太郎が開いていた文学塾の閉塾に伴って催される宴に出席して欲しいというのだ。しかも依頼主は極端かつ急進的で差別主義的な思想を前面に出した長編小説がベストセラーになっている源太郎の息子だという。2人に面識もなく、塾にも関係のない李奈は戸惑うものの渋々参加を了承する。果たして開かれた宴席は、奇妙なものだった……。

出典:『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 X 怪談一夜草紙の謎』裏表紙紹介文より

シリーズ10作目という節目

文豪たちの残した名著、編集・作家だけが知る裏話などなど、文壇の闇も光もどちらもおっ広げにしてネタとしたビブリオミステリ『écriture』シリーズ。そんな当シリーズが今作 をもって10巻目の大台へ突入した。

1作目の発売が2021年の10月であったことから、毎巻約2ヶ月半のペースで執筆を続けてきた計算になる。その上著者の松岡圭祐さんは別シリーズ『高校事変』も同様の速度で書き続けている。著者の筆が異次元に早いからか、或いは中身がロボットかAIだからか。毎回のことだが、著者の刊行速度には毎巻驚かされているばかりだ。
まあそれはそれとして、シリーズを追っているいちファンとして長く続いてくれることには本当に感謝しかない。

さて、節目となる今作『怪談一夜草紙の謎』では、とある作家親子の問題と不可解な童謡殺人が描かれている。親子関係といい小説に見立てた事件といい、どことなく第6巻『見立て殺人は芥川』を彷彿とさせる。プロットの使い回しか?思いきや、フォーカスされる親子は違うし見立てられる作品が(僕にとっては)マイナー寄りであったりと、完全なる天丼作品だとは言い難い。何よりも主人公・杉浦李奈の成長っぷりが6巻の頃とでは比べものにならない。

タワマン族・杉浦李奈

前巻の鳳雛社騒動でなんやかんやありながらも、李奈の描く初めての純文学小説『十六夜月』は多くの読者に受け入れられる結果となり、今やタワーマンション上層に居を構えるほどの大物作家へと躍進を遂げる。
更に作家仲間である那覇優香も自著のアニメ化決定により、成功の兆しを見せようとしている。互いに『新人作家』の看板を架け替える時が巡ってきたか、と思わずにはいられない。

ならば新作作家・杉浦李奈だった頃の面影はもうないのか、と思いきやそんなことはない。6巻最後で母親から理解を得られたかと思いきや、今回も依然として帰郷を促す連絡が届く。そして今回も相変わらず事件に巻き込まれているし、警察にも重宝されている。成功したとはいえ悠々自適とはいかず、毎度危険と隣り合わせの大立ち回り。李奈の受難はまだまだ続く。

僕は作家として成功する李奈に嬉しさを感じる一方で、遠い存在になった事への寂しさを覚えた。しかしもう一方で。これまでと変わらない李奈の姿に安心を感じていた。シリーズ10作目ともなればこれくらい主人公に感情移入してしまうのも必然である。

作家親子の想いと軋轢

ここらで突っ込んで内容にも触れておこう。

今回は、ベテラン作家・丹賀源太郎が営んでいた文学塾に関わる宴で事件が起きる。
宴は文学塾の閉塾に伴い催されたもので、主に息子であり差別的表現で知られるベストセラー作家・丹賀笠都により準備が進められた。李奈は笠都から講談社担当編集を通じて招待され宴に参加する。しかし、招待客には塾生たちの姿がないばかりか、李奈を合わせて4人しか招かれていない。その上、李奈以外の3人はそれぞれ元警察・元検事・弁護士と、なぜか偏った経歴の作家が集められている。にも関わらず、李奈を含めた誰もが源太郎と面識がない。更には売れっ子女優を含めた2人の役者が配膳役としてやってきている。そもそも作風の違いで相容れないはずの丹賀親子が宴に列席しなぜか盃を酌み交わしている。
そんな奇妙な宴の最中、配膳をしていた女優の夏帆と丹賀笠都が離籍し、そのまま2人は失踪してしまう。李奈は、失踪までの経緯と状況が岡本綺堂の『怪談一夜草紙』と酷似していることに気がつくのだった。

というのが前半部の流れになる。
中盤以降になるといよいよ死者が出てしたかと思えば、暴力団っぽい編集社が出てきた挙句、仕舞いには怪しい活動家集団までも登場し、最後は警察による活動家アジトへの壮絶な突入劇が描かれる。
なんだかいつにも増して展開が荒々しい。『écriture』てこんなんだっけ?

誰が何のために『怪談一夜草紙』と似た状況にしたのか全く分からず、終盤の種明かしまでずっとモヤりながら読んでた。

で、落ちまで読んでみると動機に色々納得。
成功した子に無心の申し出をする親もいれば、成功して尚も支援を続ける親もいる。現実でも毒親と呼ばれる親が一定数居るなか、大谷翔平や藤井聡太たちのご両親のような聖人も存在する。さまざまな親のあり様を例に鑑みると、丹賀源太郎のような子を憎む一方で利用しようとする毒親もどこかに居るように思える。しかし源太郎ほど狂った思想の毒親はそうそういて欲しくない。
ネタバレになるのでこれ以上書けないが、結局は親子の不和によって引き起こされたのだと考えると何とも後味が悪い。

劇中小説『écriture』爆誕

今作は前巻『人の死なないミステリ』にて登場した女性作家・白濱瑠璃が再登場。そして前巻終盤にて李奈と約束(?)した「李奈について」の小説が、KADOKAWAと瑠璃の手で現実のものとなる。
そのタイトルはなんと『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論』。
『écriture』作中で『écriture』の制作が進められているというメタ過ぎる事態が起きる。しかも本書終盤で瑠璃が共同ペンネームで過去に別の作品を手掛けていたことを明かす。その作品がまさかの・・・。

過去に同氏の著書『万能鑑定士Q』が『écriture』にも登場した小笠原莉子(旧姓・凛田)の実録物として描かれた例もあり、メタいけどその時はそういうクロスオーバーもあるのか、と思っていた。それが今度は『écriture』の中で『écriture』を作り出し始めるという。

そもそもフィクションではありながら実在の作家と作品が登場していたりと、たまに現実と空想の境界が曖昧になる瞬間もあった。ならば『écriture』自体創作物だが、描かれていた内容もキャラクターの創作として描かれていたのか。どこまでがフィクションのなかのフィクションで、フィクションではないのか。今まで読んだ『écriture』は何だったんだ。松岡圭祐って誰なんだ。
これはもう一夜草子の謎を追うどころではない。

まとめ

結末に後味の悪さを感じたものの、今回も楽しんで読むことができた。

なんといっても『écriture』が劇中作品として描かれていたのが印象的だった。元々フィクションの中に実在の書籍・団体の名が結構な頻度で紛れ出るシリーズではあったが、今回ばかりはメタ過ぎて脳がおかしくなる。なんというか、変わった読書体験を味わえたなと。

やっぱり松岡圭祐さんの名は共同ペンネームなのか・・・?


◯書籍情報
作品名・『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅹ 怪談一夜草紙の謎』
著者・松岡圭祐
販売元・株式会社KADOKAWA
レーベル・角川文庫
発売日・2023年10月24日
定価価格・840円(税別)
形態・文庫本
判型・A6判
ページ数・304
ISBN・978-4-04-114332-2
ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅹ 怪談一夜草紙の謎|KADOKAWAオフィシャルサイト
https://www.kadokawa.co.jp/product/322307000535/

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