南原詠・著『ストロベリー戦争 弁理士・大鳳未来』を読了した。
先月読んだ『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』の続編にあたる本作。メインテーマはタイトルの通り「イチゴ」である。農産物の使用権に関わる問題は個人的にも興味のあるテーマであり、書店で平積みされた本作表紙を見て即購入を決断した。実は本作こそが「 弁理士・大鳳未来」シリーズを読み始めたキッカケだったりもする。
そんな僕の嗜好にブッ刺さった本作の感想を簡単にまとめてみた。
尚、以下は『ストロベリー戦争 弁理士・大鳳未来』のネタバレ内容を一部含みますのでご注意ください。
ざっくりとした概要
元・パテント・トロールでありながら、特許侵害を警告された企業を守る専門の弁理士・大鳳未来。前回のVtuber企業による権利侵害案件では、圧倒的不利である状況にも関わらず、見事問題を解決に導いた。そんな彼女が今回挑む案件は「いちご」である。
クライアントは宮城県久郷村の久郷いちご園。そこで開発・栽培されている新品種“絆姫”は、同県の従来品種「ワンモア」をも凌ぐ味を秘めてる。その味は有名パティスリー「カリス」も認めるほどであり、すでに今年のクリスマスケーキで使われることも約束されている。そんな“絆姫”の初出荷目前の日、大手企業・田中山物産から名称の権利に関する警告書が届くのであった。
生産者を含めた関係者たちの不安を余所に、進行する田中山物産の恐ろしいビジネス・・・。“絆姫”の名に託された想いを知った未来は、今回も分の悪い戦いに敢然と挑むのであった。
おのれ田中山、ゆ゛る゛さ゛ん゛‼︎
前回は複雑なデジタル技術に関する問題であったのに対し、今回は「農業」のアナログ技術が題材となる。しかし、アナログだからといってバカにはできない。農産物の技術となると、成果が出る日数は掛かるわ、収穫物の食味や外観などの結果は感覚で判断されるわ、そもそも農業がお天道様に左右されるわ、とにかく技術確定はデジタル技術に負けないほどの苦労がある。今作で扱う新品種研究においても途方もない苦労を要する。
作中でも語られている通り、新品種開発には「交雑」と「突然変異」の2つの方法がある。今作の“絆姫”は、「突然変異」による個体を種子繁殖、さらに検定・選別を繰り返しながら安定した品質を固定させることで生まれた。あの小さないちごの更に小さな種を採種、更に育種・栽培を想像するだけでも眼精疲労で頭が痛くなってくる。しかも栽培技術試験や食味試験なども行う訳だから、文字通り気が遠くなる作業を要することになる。
そんな苦労の結晶を横から成果だけ掠め取ろうとするのが今作大ボス・田中山物産。ビジネス・法律・農業技術の素人である僕が考えただけでもゲスいシノギである事は分かる。ゆっくり茶番劇が許されなかったのも納得だ。
ともかくそんな気持ちにさせてくれるほどの一冊であった。生産者さんと研究者さんには感謝しかない。
スイーツ好きという新たな開拓
今回の『ストロベリー戦争』では、一部ではあるが、主人公・大鳳未来のパーソナルな部分を除くことができる。実は趣向がスイーツ好きであったところこそ最たるものだ。
「甘党キャラ」はキャラの属性としてもかなりメジャーであり、複数キャラが居るなかにおいても「甘党キャラ」だけで特定のキャラを判別可能なほどに強いシンボル性を持つ。
キャラ付けの方法もひとつてでは無く、既に他キャラから周知されているタイプと、後から周知されるタイプがある。
前者はスイーツ好きがキャラとしてのシンボルとなっているが、後者はシンボルとしての機能が弱い。しかし、後者は「実はスイーツ好きだった」という意外性、所謂ギャップを与えることができる。
属性におけるギャップは、メインの属性のイメージとの差が有ればあるほど強い意外性を生む。可愛らしいキャラが甘党であった場合「甘党キャラ」としての属性はより濃いものとなるだろう。一方、お堅いキャラの方が甘党であった場合、「甘党キャラ」としての属性は薄くはあるが意外性が大きい。さらにはギャップがあることでキャラへの印象は深くなり、親しみと愛着を持ちやすくなる。
つまりは「本作主人公・大鳳未来にはギャップがあり、より親しみやすくなった」ということである。長々と属性とギャップについて自論を述べさせていただいたが、伝えたかったことはそれだけだ。
シリーズの変わらない味
今作の作品構造も前作同様「一発逆転ありの勧善懲悪物語」となっている。当然、侵害している権利内容が異なっているため、全てが前作の焼き直しというつもりはないが、基本的な作品の流れはほとんど変わっていない。しかし、その変わらなさが逆に安心に繋がる。
今作の事件も、相変わらず未来にとって不利な状況が展開されている。読者としても先の読めない展開に終始ハラハラさせられると共に、「これどうやって締めるんだ?」という考えが常に頭をよぎる。そんな展開でも、最後は一発逆転大勝利であるとわかっていれば安心して読み進めることができる。前作の感想でも述べたが、ある種の時代劇のような予定調和に楽しみを見出している節もある。本の楽しみ方として合ってるかどうかは定かではないが。
まとめ
植物新品種開発の苦労、品種の権利を守る大変さ、権利問題の恐ろしさなど・・・。それらは普段ニュースで触れられはするものの、ほとんどの場合こちらから進んで詳細を調べようとすることはない。そんなわかっている様でやっぱりわからない権利問題を学べる一冊であった。
農家さんが大きく関わる事件ということもあり、全編通してキャラクターに人情味があり、読者に対して感情に訴えるような作品だったようにも感じられた。リーガルサスペンスである以上、小難しい専門用語の理解にある程度悩まされる。それでも苦もなく読み進められたのは、人間味のあるキャラと感情移入しながら読めたからに他ならない。僕は物語を理屈よりも感情で読むのに向いているのかも知れない。
今作は『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』の続編ではあるが、必ずしも前作を読んでおく必要はない。先にこちらを読んでから前作を読んでも全く問題がない。なので農産物の権利問題について興味を持っている方にはおすすめな1冊なので是非1度『ストロベリー戦争』を読んで頂きたい。そして満足できれば前作を遡って読んでみるのもいいだろう。どちらも面白かったのでオススメだ。
「いちごの名前が盗まれた!
生み出す者、守る者、奪う者。
三者三様の熱き戦いに涙。」--永沼よう子(弁理士)
第20回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作家、受賞後第一作は「いちごの名前」が題材です!
特許権を盾に企業から巨額の賠償金をふんだくっていた凄腕の女性弁理士・大鳳未来。今は「特許権などの侵害を警告された企業を守る」ことを専門に東奔西走している。
宮城県の久郷いちご園では、久郷出身の大学研究員・初田優希が、新品種“絆姫(きずなひめ)”の開発に成功。さらに世界的なパティスリー「カリス」に気に入られ、クリスマスケーキに使用されることになった。しかし出荷前日、大手商社の田中山物産より「『絆姫』という名称は当社が持つ商標権を侵害している」との警告書が届いたのだ。カリスからは、名称変更せずに速やかに解決すること。もしくは全被害額を支払うよう宣告される。いったいどの段階で名称が漏れたのか--。
分が悪すぎる状況のなか、クリスマスは刻々と迫り、大量のいちごは出荷できない--。
追い詰められた未来は驚天動地の勝負に出る!
Amazon.co.jp より
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