引っ越してきたアパートで出会ったのは、悪魔めいた印象の長身の青年。初対面だというのに、彼はいきなり「一緒に本屋を襲わないか」と持ちかけてきた。彼の標的は――たった1冊の広辞苑!? そんなおかしな話に乗る気などなかったのに、なぜか僕は決行の夜、モデルガンを手に書店の裏口に立ってしまったのだ! 注目の気鋭が放つ清冽な傑作。第25回吉川英治文学新人賞受賞作。
出典:『アヒルと鴨のコインロッカー』裏表紙紹介文より
作品について
個人的に「伊坂幸太郎といえば?」の作品としてよく上げられている印象の1冊。
あらすじを読むだけではイマイチ面白い作品とは思えない、というのは本作に限らず色んな小説作品においてよくあることだろう。とにかく“伊坂幸太郎作品にありそうな巻き込まれる体質の語り手が、伊坂幸太郎作品にありがちな破天荒男に巻き込まれていく”といった感じの内容である事はあらすじから読み取れる。とはいえどこに高く評価される要素があるかというのは、やはり中身を読むまでは皆目わからない。つくづく小説というのは読んでみるまで分からないものである。
そんな訳で僕自身好きな作家先生への理解を深めたいと思い、このたび正月休みを利用して読んでみることにした次第である。
で、読んでみた結果わかったのは、本作は概ね予想した通り伊坂幸太郎らしい人物が登場する青春ミステリー作品ということだ。
物語は概ねあらすじ通り、大学入学を機にひとり暮らしを始める語り手の男・椎名が、入居先であるアパートの隣人・河崎に誘われ、広辞苑を奪うため共に書店を襲う所から物語が始まる。いきなりクライマックスみたいな展開から話はどう転がってしまうのか、こちらが想像をする間もなく、物語の時系列は2年前へと切り替わる。そこでは、ペットショップで働く女性・琴美が語り手となり、ブータン人の男・ドルジと共にペット殺しのグループとのゴタゴタに巻き込まれるところから物語が始まる。
交互に切り替わる2つの時代に、一見関係性の見出せない2つの事件。唯一の共通項である「河崎」の出現によって、物語はやがて1つの結末へ向かっていく。
巧みに切り替わる視点からの華麗に収束する展開に、独特で軽妙洒脱な語り口。物語を引っ掻き回す破天荒な存在に、読む者を懊悩煩悶とさせる邪悪でどす黒い存在。伊坂幸太郎“らしさ”の詰まった筆致から紡がれる悲劇的で、それでいてどこか心が温まる物語。結末だけでなく、キャラクターの言葉や人生観までもがいつまでも記憶に残りそうな、伊坂幸太郎の代表作として評判通りの1冊であった。
感想 ※ネタバレ有り!
後半に明かされるまさかの真実には驚きを禁じえなかった。
主人公と思いきや“物語”の主人公ではない信用できない語り手・椎名と、2つの時代を繋ぐキーマン・河崎が作り出すどんでん返しが素晴らしい。読者の先入観を利用した、小説ならではの見事な叙述トリックであった。明かされた真実に仰天する一方、薄々勘付きつつもそうであって欲しくない、と思いながらも無情に語られていく痛ましい真実には、作品に入り込めば入り込むほど切なさと致し方なさで苦しくなる。
しかしただ救いがないだけでは終わらない。心から悔しいはずなのに達観しているような、諸行無常で信仰的な“あの男”の精神感が、読む者に救いと安らぎを与えてくれる。最後には人と人の温もりを感じられる、満足のいく読後感が得られた。
トリックの都合上、映像化は不可能かと思いきや、実は既に劇場作品として実写映像化されていたりする。
物語がどのように改変されているかのほか、椎名役を濱田岳に河崎役に永山瑛太と僕の想像していたビジュアルとは異なる配役がどう収まっているかも見逃せない。マジでどうやって作ったのか気になるか死ぬ前にいつか観てみたいと思う。
さて、何といっても好色家で破天荒な河崎がとにかく目に付く存在だ。会って数分の男に書店への強盗を提案し、違法駐車の自転車を次々と蹴り倒して回る。過去では容姿端麗で悪魔的な風貌を活かし、女性ととっかえひっかえ付き合いセックスをする男で通っている。伊坂幸太郎作品で大乱闘をするならば間違いなく彼のアパートに招待状が届くだろうってくらいに、強烈なインパクトを読者に残す。
しかし本作ならではの強烈なキャラクターはもう1人いる。それは、過去パートで語り手である琴美に常に寄り添うブータン人の男・ドルジである。本書に書かれている内容がどこまで事実に沿っているかは定かではないが、やはり自身にとって未開の地であるブータンの情報は興味深い。どうやらブータンの国語であるゾンカ語と日本語が似た音感であるとか。また、ブータンではお墓がなく火葬や水葬が一般的であったり、亡くなっても徳を積んでおけば良い生物に生まれ変わるという因果応報な輪廻転生を信じるといったイデオロギーが存在する。ぱっと上げた2つの文化と宗教感はどちらも日本人には馴染みがなく、読者へ知的好奇心を刺激すると同時に、特異で印象的なキャラクターとして強烈なインパクトを残す。
河崎にドルジ。
鴨とアヒル。
日本人と日本に住む留学生。
原生種と改良種。
日本で鴨である河崎が日本を教え、留学生である鴨のドルジを日本のアヒルへと変える。
その姿は真っ白な白ではなく、日本の鴨にも気付かぬほどにそっくりな姿へと変わる。
強い個性を持ったキャラ2人にまさかあんな繋がりと関係性があったとは・・
河崎にドルジ、そして琴美による3人の悲しくも心温まる物語は、最後のコインロッカーの伏線回収も含め再読必至である。
それでは最後に、物語の主人公ではないが彼自身の人生の主人公たる椎名のモノローグから1文を引用しお洒落な感じで当読書感想文を結びたい。
ボブ・ディランはまだ鳴っているんだろうか?
出典:伊坂幸太郎.アヒルと鴨のコインロッカー.東京創元社.創元社文庫.2006.P363
◯書籍情報
作名・『アヒルと鴨のコインロッカー』
著者・伊坂幸太郎
販売元・株式会社東京創元社
発売日・2006年12月22日(単行本・2003年11月25日)
定価価格・648円(税別)
形態・文庫本
判型・A6判
ページ数・384
ISBN・9784488464011
アヒルと鴨のコインロッカー−伊坂幸太郎|東京創元社
https://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488464011
コメント