『箱庭クロニクル』の感想

書籍
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 著者=坂崎かおる『箱庭クロニクル』を読んだ。

「ベルを鳴らして」

 「邦文タイプライター」の記述を読んだ時、僕はこの短編をそういったSF作品なのだと思った。一度も見聞きしたことのない機械が本当に実在しているとは思えないし、そもそも記されている動作が変態的でどうにも嘘っぽく、何なら時代的になんかあり得そうな感じさえして余計フィクション臭く思える。で、ネットで検索してみる。そうしてようやく実在する機械であることを知る。ようつべには実物を用いたタイピングを行っている動画も上がっている。あんな複雑な機構で本当に動作するのか、と過去に生み出された変態技術力に感嘆の念を禁じえない。これには「松田優作のアレ」という僕のタイプライターへの認識が180度変わる。そんな歴史書としての一面を本書は秘めている。

 そして内容。タイピスト養成学校の教師を思う少女の切ない物語、もとい、気の強い女がメガネ先生に心ぐちゃぐちゃにされてしまい・・・というのが概ね正しい物語。歴史書としての一面はどこに行ったのか、と思わなくもない。そんなことより動乱の最中離別した先生を追うために戦地へ赴く主人公の激重クソデカ感情がすごい。
 理知的で気の強い才女が男性版ファム・ファンタールな先生と性格が真反対な友人との交流を描いた少女漫画的な様式の序盤。動乱の最中離別した先生を追うため軍のタイピストとして戦地へ赴く中盤。片腕を失い先生を諦めかけたところで再び先生の痕跡に巡りつく終盤。最終盤、骨董品店にて描かれるシュウコの破滅的はほどに一途なクソデカ感情にはうら悲しさを感じずにいられない。
 坂崎さんの作品らしく、人間の溢れだしそうな想いを美しく繊細に描いた短編だと思った。というかこのボリュームで60頁弱なのがいまだに信じられない。


 以下、他5編の簡単な解説や感想とか。


「イン・ザ・ヘブン」

 不健全図書絶対許さないウーマンを母に持つ娘が、一人の家庭教師との交流を通し自分自身のなかにある本当の価値観と向き合う、という物語。
 本が、物語が、誰かの人生に与える影響の大きさと、その価値と尊さを示した一作だった。どうでもいいけどディープステートという単語に共和党大勝利の時節を見た。多分これにそんな意図はない。


「名前をつけてやる」

 職場における先輩後輩とのままならない関係を描いた物語。『海岸通り』、というか近年の芥川賞候補作群と似たテイストを感じる。
 コミュニケーションへの忌避感のあまり口をつぐむことの多い自分と同じ人種に対する深い共感、そしてそんな自分自身に深い危機感を覚えずにはいられない。あと百合と見せかけたNTR展開には脳破壊寸前の衝撃を受けた。百合でええやろ百合で。


「あしながおばさん」

 とんかつ専門のチェーン飲食店へと通う中年おばさん客と大学生店員との奇妙な関係の物語。スタンプカード廃止反対への執着心が娘の喪失とリンクしていく様が本当に痛々しい。あと牛尾れいなの不気味な魔性っぷりにはハラハラとさせられた。


あたたかくもやわらかくもないそれ」

 原因不明の感染症によるゾンビ化が発生したその後の世界の物語。駅間停車中の新幹線車内に同乗した“くるみ”の面影に、かつて起きたパンデミックの最中亡くなった友人“くるみ”の面影を重る。
 どうしたって大流行した新型コロナの騒動を想起させられる本作。隔離による分断を経験したからこそ分かる人同士の繋がりの尊さがそこにはあった。孤独と不安による依存やら、取り返しのつかない後悔の念やら、なにかと共感できる点が多い。


「渦とコリオリ」

 小さなバレエ公演の幕間を描いた短編。存在しているのかいないのか、幻のようにその場に居合わせる姉の存在感に、妹の抱く愛と憧憬の深さを想像させる。そんな示唆に富んだ作品。
 徳島→渦潮→回転→バレエ・コリオリの力という、その発想と作品構成の天才さに理由もなく嫉妬心を燃やしてしまう。僕は徳島県民が羨ましい。


◯書籍情報
作名・『箱庭クロニクル』
著者・坂崎かおる
販売元・株式会社講談社
発売日・2024年11月20日
定価価格・1,900円(税別)
形態・単行本
判型・四六判
ページ数・284
ISBN・978-4-06-536944-9
『箱庭クロニクル』(坂崎かおる)|講談社BOOK倶楽部
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000398049

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