『ゴリラ裁判の日』の感想

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著=須藤古都離『ゴリラ裁判の日』を読んだ。

表紙に描かれたイラストとタイトルのインパクトに釣られ購入。僕はこういった真面目にふざけた感じの作品は案外嫌いではない。

以下は作品の概要とか感想。


表紙といい、帯の紹介文といい、奇抜な題材とは真逆のシリアスなリーガルサスペンスな雰囲気をこれでもかというくらい醸しだしている。
こう、人として公正な裁きを下されないゴリラ側の訴えを通し、人間社会の中に根付く人種や性的マイノリティの問題に一石投じた作品、なのではないかとか。そういったメッセージを想定から感じずにはいられない。しかし、敢えてその奇抜な題材を素直に受け止めるなら、圧倒的不利なゴリラサイドが意外な手段で一発逆転するリーガルエンタメサスペンスなのではか、とも考えられなくもない。
結論としては、どちらも正解であり、それらだけでは完全な正解にはならない。その欠けている部分こそ、この作品を盛り上げるための重要なファクターであり、この作品の一番面白い部分でもある。

まずは本作のあらすじ

手話によって人間と会話ができるローランドゴリラのローズ(メス)。人語を理解できるだけではなく、テレビの映像によって人々の習慣を学習してきた彼女は、最早普通のゴリラとは一線を画す存在となっていた。

ある時、ローズの住む動物園で悲劇が起きる。4歳の男の子が誤ってゴリラパークの柵を乗り越えてしまった。手話を使えないオスゴリラのオマリは来場客が男の子に声を掛ける最中、男の子の腕を掴みパーク内で引き摺り回してしまう。苦渋の決断の末、園側は実弾による射撃の指示を下す。何とか男の子の命は救われはしたが、オマリは銃撃によって命を落とす。オマリはローズの夫であった。

どうして夫が殺されなければならなかったのか。

夫の命が人間の子どもと引き換えとなった事実に納得のいかないローズは、人間の決めた法律に則り、動物園側を相手取る決断をした・・・。

導入は概ねこんな感じだが、この内容は本作の全体の1割にも満たない。

今作の大部分は、主人公であるゴリラ・ローズが故郷のジャングルで出会いと別れを経験したり、新型手袋型ウェアラブル端末の広告党となったり、親善大使としてアメリカとアフリカを繋ぐ存在となったり、女子プロレスラーとしてリングで活躍したりと、本作はゴリラであるローズ自身の半生を辿った物語で構成されている。

そう、この『ゴリラ裁判の日』は一言で表すと「メスゴリラの青春サクセスストーリー」である。
裁判要素は、大袈裟に例えるならフルコースで言うところの前菜とデザート的立ち位置だ。

何といっても、本作品はゴリラ主人公で、尚且つゴリラ目線で物語が進行する点が最高に面白い。まさか『スーパードンキーコング』以外にゴリラ主人公ゴリラ目線の作品があるなんて思わなかった。
普段意識しなければ知ることができないゴリラの様子だったり、群れで暮らすゴリラたちの事情だったりと、あくまでも人間視点で判断した生態ではあるが、彼らに対する理解を深められる機会となれたのは良かった。実はゴリラは穏やかで争いを好まない動物だと知ったのも、群れを作る理屈が国家が自国を守るために武装する理屈と変わらないことも、この本を読まないと知る事ができなかった。それだけでも本書を読む価値は十分にある。

本作の面白い場面を挙げるとすれば、アイザックとの出会いと別れの場面は外せないだろう。
アイザックは、ローズと同じジャングルに住む野生のオスゴリラである。ローズとは物語全編通して3度遭遇することになるが、1度目の遭遇で2頭は若干いい感じになって別れる。しかし2度目の遭遇時、アイザックは再開までの間にメスゴリラのパートナーを作っていたことが発覚する。
本来、一夫多妻制のゴリラ社会において何の障害にもならない事実であったが、多くの場合一夫一妻制である人間社会を知ったローズは酷く困惑してしまう。
本能では理解していても、心がそれを許せない。
ローズの中でゴリラである自分と人間としての自分がぶつかる瞬間である。この一連の失恋劇こそ、普通のゴリラと人語を理解したゴリラとの差を表した面白い一例である。
果たして、言葉を知ったことでローズは幸せになれたのか・・・?

あとは、裁判の締め方が綺麗に纏まっており、意外性があってしっかり楽しめた。前菜だのデザートだの貶した人間が語っても説得力を感じないかも知れないが、まあ最後まで説明を読んで行ってほしい。
皆さまは先述したあらすじの内容で裁判した場合、勝つのはどっちの側になると思うだろうか?
僕が陪審員ならば、子どもの命を守るためのやむを得ない判断だったとして、被告側に無罪の評決を下したい。と思う。
物語冒頭で行われる裁判でも、陪審員たちは上記とほぼ同様の理由で評決は無罪となり、ローズの挑んだ戦いはいきなり終わりを告げられる。子を持つ・持たないに限らず、多くの「人間」ならそう判断するのではないだろうか。仕方がなかったとしても、力が人以上に強く、説得の効かないゴリラへの迅速な対応として、これ以上の適切な対応はないのではないかと思う。

しかし、ローズは諦めない。
結論を述べてしまうと、ローズは2度目の裁判で勝ってしまう。

ローズはザ・アメリカンな皮肉屋敏腕弁護士のダニエルとタッグを組み、2度目の裁判に挑むことになるが、これが中々先の読めない手に汗握る展開となっている。
1度目の無罪判決でむしろ不利となったはずの状況にも関わらず「絶対に勝てる」自信満々なダニエル。
対するは被告側の代理人であるベテラン女性弁護士・ケイリーと、無信仰な獣の勝訴など絶対に認めないキリスト教信者・ピーターを始めとした圧倒的被告贔屓な陪審員の面々。
全く勝てる気がしないこの裁判、なんと勝っちゃいます。それはこの作品が社会派小説の皮を被ったバリバリのエンタメ小説だから・・・ではなくて、人権が、人間の決めた法が、ローズを勝利に導いたのであった。

詳しい勝ち筋はここでは伏せさせていただこう。終盤は一気読み確定の面白さなので、是非ご自分で読んで確かめてみてほしい。


さて、本作を読んだ僕の感想をまとめると

  • リーガルサスペンスの皮を被った「メスゴリラの青春サクセスストーリー」
  • ゴリラの生態について知るキッカケとなった
  • ゴリラとしての自分と人間としての心に揺れる描写が面白い
  • 2度目の裁判が意外性の高く楽しめた

性別、国、人種、思想の違う人に歩み寄ることで得られる喜びと悲しみについて、少しでも知ることができたと思う。
それと同時に、もし今後動物園にでも行く機会があるのなら、ゴリラに限らず動物たち群の動きを注意深く観察してみたい、と思わされた一冊だった。

ゴリラ裁判の日 単行本(ソフトカバー)

カメルーンで生まれたニシローランドゴリラ、名前はローズ。メス、というよりも女性といった方がいいだろう。ローズは人間に匹敵する知能を持ち、言葉を理解する。手話を使って人間と「会話」もできる。カメルーンで、オスゴリラと恋もし、破れる。厳しい自然の掟に巻き込まれ、大切な人も失う。運命に導かれ、ローズはアメリカの動物園で暮らすようになった。政治的なかけひきがいろいろあったようだが、ローズは意に介さない。動物園で出会ったゴリラと愛を育み、夫婦の関係にもなる。順風満帆のはずだった――。
その夫が、檻に侵入した4歳の人間の子どもを助けるためにという理由で、銃で殺されてしまう。なぜ? どうして麻酔銃を使わなかったの? 人間の命を救うために、ゴリラは殺してもいいの? だめだ、どうしても許せない! ローズは、夫のために、自分のために、正義のために、人間に対して、裁判で闘いを挑む! アメリカで激しい議論をまきおこした「ハランベ事件」をモチーフとして生み出された感動巨編。第64回メフィスト賞満場一致の受賞作。

Amazon.co.jp より

以上、ありがとうございました!

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