オーディブルにて、宇佐見りん=著『推し、燃ゆ』を聴取した。
かつてモバマスの担当とVtuberに金と時間を注ぎ込みまくった僕の腹に深々と刺さる作品だった。
僕の様な推し活経験者に与えるダメージは余りにも大きく、途中、音声聴取を中止したくなる衝動に抗えず、等倍速なら3時間で聴き終えるところ、僕は半月かけてどうにか聴取を終えた。
なら、そこまでして聴いて何か得られたものは有ったかと思い直してみれば、本作主人公・あかりの推し活人生に見る辛い教訓こそ、今作によって得られる収穫物だったのだろう。
コンテンツビジネスやアイドルビジネスが消費者に与える影響とか、偶像崇拝に生活を侵された者の営みとか、崇拝する偶像が文字通り「背骨」となって支配された者の末路とか、物語としてそれらの人生を追うことで得られる理解度は、ニュースサイトやSNSから得た情報よりも生々しくて密度が濃い。
先述した通り、かつて僕も所謂”推し”に金と時間を注ぎ込みまくった経験がある。推しを背骨とする、とまではいかなかったものの、僕の生命活動の幾らかを推しに捧げていたと思う。それこそ、『推し、燃ゆ』に描かれる有象無象の真幸くんファンのように、他ユーザーの目も憚ることなく、臆面もなく、承認欲求を満たすために活動していたりした。無闇矢鱈に関連グッズを購入しては、将来の蓄えを削っていったりと、今にして思えば正気を疑うような金の使い方もしていた。本作主人公・あかりの推し活は、過去に自省した僕の過ちをほじくり出して陳列するかのように克明で、リアルという言葉だけでは足りない程に生々しい。
こうした、一部の現代人が抱える悩みと葛藤の表現力の高さが、多くの人々に評価されたのだろうと、思う。
さて、ここからはポジティブな面にも触れておこう。
過去の自分への共感性羞恥のせいか、聴取中はどうしても悪い面ばかりが頭によぎっていたが、今になって落ち着いて思い返してみると良かった面もそれなりにあった様に思う。例えば、この作品そのものが、主人公・あかりのように生き辛さを抱える人にとっての救いになっていたりなどが良い面に当たる。作中では、その生き辛さの原因となる病名は名言されてはいないが、例えば注意力ぎ散漫だったりマルチタスクが苦手だったりと、それらに悩む人々にとって少なからず救いになっているのではないだろうか。僕もマルチタスクがかなり苦手な人間なので、主人公・あかりがバイトで辛そうにしている時の気持ちはよくわかるし、なんか客と接客の両視点の言動を考えさせられる。こういった気持ちになった人、結構いたのではないだろうか。
後は、主人公・あかりの度を越した推しっぷりも、ある意味で尊敬できると思わされた。過去に僕も推し活のようなことをやっていたけれども、あかりのようにCDを何枚も買う様なことはしなかったし、部屋に推しの祭壇なんて作りはしなかった。ましてや、炎上して尚も推し続けるような強靭な精神力と愛情を持てる自信は僕にはない。推しを持つ者というのは大変に身勝手な生き物で、勝手に推しに期待しておいては、一方的に推し裏切られたと勘違いして気を病む習性を持つ。ある種病気のようなそれら習性はスキャンダルや炎上騒ぎになると発動し易く、勝手に幻滅してファンを辞めたり、好きが裏返ってアンチになったりもする。にも関わらず、あかりは最後の最後まで推しの真幸くんを最後まで推し続けている。並みの精神力と愛ではそうはいかないだろう。そこまでの執着力と集中力はある意味では才能と呼べるかもしれない。
彼女の様に、どうあっても推しを推し続ける者に見える世界はどんなものなのだろうか。
些細なことにも喜びを見出せるのだろうか。
推し以外の事柄全てを下らなく思えてしまうのだろうか。
立ち入ってはならない恐怖心反面、未知の領域を覗いてみたいと思う好奇心は尽きないものだ。
後はオーディブル版ならではの感想。
玉城ティナさんによる朗読のリアリティは凄まじく、「後先考えない高校生女子」っぽさが20倍増しに演出されていた気がする。目で文章を追うよりも、断然人物に生気を感じられる。これこそがオーディオブック版の強みと断じてもいい。
まとめると
- 共感性羞恥で聴いてて辛くなる作品
- 「推し活」をする者のリアルとその末路がそこにある
- 生き辛さを感じる者の救い
色々書き連ねはしたが、何だかんだで現代人のリアルをそのまま描いた良い作品だったと思う。頑張って耐えて聴いた甲斐が十二分にあった。
ぶっ通しなら3時間もあれば聴取出来るので、是非オーディブル版を聴いてみて欲しい。
逃避でも依存でもない、推しは私の背骨だ。アイドル上野真幸を“解釈“することに心血を注ぐあかり。ある日突然、推しが炎上し——。デビュー作『かか』は第56回文藝賞及び第33回三島賞を受賞(三島賞は史上最年少受賞)。21歳、圧巻の第二作。
Amazon.co.jp より
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