望月諒子=著『蟻の棲み家』を読んだ。
元々は渡辺みゆきさんの『火車』を探していたところ、何やら『火車』と似ているというフレコミの小説を見つける。しかも、どうやら著者は愛媛県出身らしい。僕が探している趣向の小説を同郷の作家さんが書いているのであれば、先ずはこちらを読まなければ。そう思い、昨年の末に本屋で手に取ったのが『蟻の棲み家』である。
あらすじ
東京都中野区で、若い女性の遺体が相次いで発見された。二人とも射殺だった。フリーの事件記者の木部美智子は、かねてから追っていた企業恐喝事件と、この連続殺人事件の間に意外なつながりがあることに気がつく。やがて、第三の殺人を予告する脅迫状が届き、事件は大きく動き出す・・・・・・。貧困の連鎖と崩壊した家族、目をそむけたくなる社会の暗部を、周到な仕掛けでえぐり出す傑作ノワール。
出典:文庫版 蟻の棲み家 裏表紙
物語は都内のバラック街に住む少年と、その家族の日常から始まる。
少年の名は吉沢末男。シングルマザーの母と2人で暮らすその生活はとても危うい。息子に対して所謂育児放棄をしている母は、男を家に招き入れて得た金を唯一の収入とし、食事は気分次第で準備をする。
中学に上がった末男に自転車泥棒や万引きを強要し、そこから得た金さえも収入とした。
それでも末男は、母とテーブルを囲み食事をする時間を尊く思い、とても大事にする。産まれてきた7歳下の妹を荒れた母から守り、必死に可愛がった。
犯罪に手を染めようとも小中を卒業し、高校に行くためにコッソリ受験もする。大学への進学も夢みていたが就職し、朝早く出社し生真面目に働いた。全ては普通の生活を手にする一心のことだ。
しかし、運命のせいなのか、生まれのせいなのか、末男は今の生活から抜け出せない。母の作った借金のため、再び犯罪に手を染める。勤め先では手提げ金庫窃盗の疑いを掛けられ退職を余儀なくされる。沼から這い上がれないのと同じように、末男は貧困という沼から抜け出せないでいる。
ところ変わって、物語はフリーの記者・木部美智子の視点に移る。
巷では銃による殺人事件が続けざまに2件発生しているも、美智子は以前から追っている食品工場を標的としたクレーム事件に注力する。警察にも届けず、これといった対抗手段を講じないまま、既に数十万円を支払っている工場長に、引っかかりを感じながらもコンタクト取り続ける。
そんな中、クレーム事件は3件目の殺人予告によって十字に交差する。
妹から多額の借金を背負わされ貧困に喘ぐ吉沢末男。クリニック院長の子であり大学生でありながら多額の借金に苦しむ長谷川翼。産まれは正反対でありながら境遇の似た2人が事件を、物語を、己の運命をも動かす。
崩壊する今までの倫理観念
本書はミステリー小説でありながら、社会に潜む貧困の連鎖について深く切り込み、無性の愛で繋がった親と子の在り方に真っ向から挑む。
フィクションでありながら現実味のあり過ぎる人物背景は、貧困も育児放棄もすぐそばで起きているのではないかと錯覚させるほどである。
知りたくなかった現実を目を通して体に流し込まれたような感覚。
もしくは、現実というなのバットで後頭部をフルスイングされたような感覚。
本書を読むとこんな感覚を味わう。
受け入れ難いほどに生々しい人物背景は倫理・道徳感を揺るがせ、叙述トリックによる巧みな物語進行は脳内の時系列をグチャグチャに壊す。
時折脳裏に浮かぶのは2人の顔。1人は少年だった僕と食卓に着く母の顔で、もう1人は現在生活を共にする2歳となった息子の顔。登場人物たちとは似ても似つかない2人の顔が否が応でも浮かんでしまう。
そして、脳内で僕のこれまでとこれからが物語と重なった時、あり得たかも知れない、またはあり得るかも知れない情景が浮かぶ。これまで歩んでいた道がギリギリの幅だったのかもしれない。何かの拍子に道を外れた時、物語の様な行為に至っていたのかも知れない。思いたくはないがそう思えてしまうほどの説得力とリアリティ。
背けたいはずの目は物語を追い続け、ページをめくる手はいつまでも止まらない。
こんな読書体験は初めてだ。
突きつけられた現実との向き合い方
最後は後味の悪い結末を迎える。しかし、気分を害したり、精神に異常をきたすようなことはない。
例えるなら、本書は粉末の飲み薬のようなもので、苦味を伴う味だけど、病気のためには飲まなければならないものだ。
本書が提示する「貧困」と「親と子」の問題は本当に見ていられない。しかし、この世界で生きていくならば、いつかは受け入れなければならない。受け入れるためには目をそむける訳にはいかないし、辛さにも耐えなければならない。この本自体が病気であり薬でもあるのだ。苦味という現実を我慢し、現実を受け入れることで根治すると共に、物語の行く末を見守る。
社会の暗部の存在を受け入れたからといって全てが解決したわけではない。むしろ、問題はさらに難しくなった。
確かに末男やはじめとした被害者風俗嬢たちの境遇には同情してしまう。実際にテレビで作中のような報道が流れれば、被害者の無念さと遺族の寂しさに悲しくもなるし、義憤にかられもするだろう。しかし、作中のような育児を放棄する人間や、子どもを産むのは罰ゲームと思う人間を、実際に同情することができるだろうか。多分、僕は同情することはできないだろう。
産まれてくる子どもに罪はない。しかし、子どもは環境によって人格が形作られる割合が大きい。作中の被害者2人がまさにその典型で、彼女らの母親も彼女らと同様の仕事をしていた。母親が向けた子への感情は、そのまま子の子へも向けられる。そうして親の姿を見てきた子は、またもや親と同じような人格を作っていく。そう考えると、何が悪で、何が正義か、いよいよわからなくなってくる。
これは、作中の被害者のような境遇だけに言えることではない。親である僕らが子どもに与える環境にも関係してくる。親の言葉遣い、挙動、生活環境等々は、後の人格形成に大きく左右される。いい学校へ入れて、いい企業へ就職させたいと思っても、僕から始まる負の連鎖が望む未来を拒む可能性だってある。
ひとまず、貧困に陥らないようには努めていきたい。
そして、僕自身も言動に責任感を持つようにしていきたい。
まとめ
ミステリー部分にも触れていきたいところだが感想ここらで終わり。
全く元旦からなんて本を読んでいるんだと、自分でも不思議に思う。それでも内容の濃い長編小説を一気読み出来たんだから、まあ良いとする。
巻末の解説によると「木部美智子」シリーズなるものが既に4作も刊行されているとの事。読んでみるかどうかはさておき、今度書店に寄った時に確認してみようと思う。
以上、ありがとうございました。
イヤミスの枠を超えた衝撃作!
誰にも愛されない女がふたり、殺害された…。
事件の背景にあるのは、貧困の連鎖か、家族の崩壊か。
大どんでん返しのノワールミステリーの幕が上がる。
東京都中野区で、二人の若いシングルマザーが相次いで射殺された。彼女達は、ともに売春を生業としていた。フリーライターの木部美智子は、自分が追う企業恐喝事件と、連続女性殺害事件の間に、意外なつながりがあることに気がつく。やがて、テレビ局には「三人目の犠牲を出したくなければ二億円を用意しろ」という脅迫状が送られてきて――。貧困の連鎖と家族の桎梏、目をそむけたくなる社会の暗部を、周到な仕掛けでえぐり出すノワールミステリー。大どんでん返しの圧巻のラストは、息つく暇なく一気読み必至。
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