昨年読了した『グラスホッパー』に続きこちらも読んでみた。
本作が「東北新幹線車内を舞台とした殺し屋たちのハードボイルドサスペンス」であることは既に『ブレットトレイン』で予習済みである。それならば(大幅な設定の変更がない限り)原作である本作もハリウッド映画版同様に展開の早い作品であることに違いはない。
それなのに、どこをどうすれば592ページもの大長編小説になってしまうのか。なんで作中の経過時間も長く舞台も広い前作よりも200ページ以上多いのかと。どれだけ濃密に描いてるんだよと。そういった不満にも似た疑問を抱きつつも、僕は恐々とした面持ちで分厚い本書を捲ってみる。読んだ。自分でも拍子抜けするくらいにスラスラと読めた。しかも最後までダレることもなく。人物同士の絡みの多い舞台設定のおかげで飽きなかったのか。それとも全体を把握しやすい小規模さが影響したのか。いや、その両方が、そして伊坂さんの綴る軽妙洒脱な語りが、限られた設定内で上手く作用したのだろう。
それでいて人物の掘り下げにも抜かりはない。特に木村についたの掘り下げが丁寧だったのが良い。王子の因縁やら、渉が昏睡状態になる経緯やら、ハリウッド版で描かれなかった木村要素がとにかく多い。ここまで描かれれば酒を断つほどに怒る理由もよくわかる。同じ一児の父として木村を応援せずにはいられなくなる。『マリアビートル』は不運な七尾とトーマスくんだけではない。木村一家による復讐を描いた作品でもあったのだ。
本作は、同じく「殺し屋シリーズ」である『グラスホッパー』と同一世界線ではあるものの、それ以外の繋がりは極めて薄く、基本的には『マリアビートル』単体で読んでも問題なく楽しめるように描かれている、らしい。が、個人的には絶対に読んでおいた方がいいと思った。そうでなければ僕は、鈴木をただよでしゃばり先生としか認識できなかっただろうし、「令嬢」は意味不明だっただろうし、槿は“むくげ”としか読めなかったのだと思う。「主人公をさり気なくサポートする前作主人公」が大好きな好きキャラ設定発表ドラゴンとして、今作での鈴木の活躍っぷりにエモさを感じずにはいられない。あの目立ち過ぎない塩梅のほどよい前作主人公ムーブが丁度良いんだ。
そしてあの穏やかな終幕。あのド派手だったハリウッド映画版の原作がコレなのかと疑ってしまうレベルの肩透かしだ。しかしながら読後感は清々しくて気持ちがいい。そういえば伊坂幸太郎作品って毎回こうだった気がする。痛快アクションな映画版も良かったが、穏やかな原作もコレはコレで良い。そもそも良いもの悪いも無いんだよ。
◯書籍情報
作名・『マリアビートル』
著者・伊坂幸太郎
販売元・株式会社KADOKAWA
発売日・2013年9月25日(単行本・2010年9月22日)
定価価格・760円(税別)
形態・文庫本
判型・A6判
ページ数・592
ISBN・9784041009772
マリアビートル|カドカワストア
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