松岡圭祐=著『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 IX 人の死なないミステリ』
読んだ。
半年ぶりの新刊だったが連載中のコミカライズ版があってか、そこまで久しぶりな感じはしない。
そもそのはず。今作『Ⅸ』には、シリーズ1作目で岩崎翔吾盗作騒動の渦中に居た鳳雛社が再び登場。そして6月に連載が始まったコミカライズ版はシリーズ1作目から連載スタート。2023年9月時点最新エピソードでは李奈がノンフィクションの依頼を受けた辺りが描かれている。そりゃ原作を読み返した訳ではないのに内容が頭に残っているわけだ。
これがただの偶然なのか、読者にこう思わせるように仕組んでいたのか。恐ろしいことにカドカワや著者の松岡圭祐さんなら狙ってやってたとしても不思議ではない。
以下、作品の感想とか
名著・名作家のみならず文芸界隈のメタな裏話しネタを赤裸々に描く『écriture』シリーズ。今回の『Ⅸ』は「作家と編集者」のあれこれが描かれる。KADOKAWAの編集者・池田をはじめ、これまでも何人もの編集者が登場し、物語に関わってきた。しかし、今回は作家との関係性が深く描かれていたと思う。犯人だったり被害者だったりした過去作とはちがい、業界の裏を濃く描いた興味深いエピソードでとても面白かった。
本作によると作家と編集者との出会いは重要で、一度組めば滅多なことがない限り交代はないとの事。マッチングアプリや指名制のお店のように事前に最適な組み合わせが決められるわけではない。気が合うか合わないか、売れるか売れないか、どちらにとっても死活問題となる最初の出会い。ここまで緊張と重圧を背負いながら固い関係を結ぶことになる仕事なんてそうはないだろう。
本作では2人の編集者が騒動の中心に立つ。1人は李奈に声を掛けた鳳雛社編集の岡田。もう1人は、同じく鳳雛社で岡田の上司となる宗武。
完全に「デキる上司と、並みの部下」な関係となっており、立場的にも実績的にも岡田は宗武に上を取られる。この構図、誰しもどこかで経験があるのではないだろうか。僕は身に覚えがありすぎて胃が痛くなってくる。
で、なんやかんやあって怒りを爆発させた岡田はあろうことか窃盗、器物損壊等の暴挙を働く。もはや胃の炎症による痛みどころではない社会的ダメージを被る事となるが・・・。
実際にそんな行動を起こしはしないが、妄想の中だけでは社内で暴れ回ることもあったりする。なので、作品内で岡田がやらかす場面が描写される度にざわつきを覚え、またも胃が痛くなる。
まさかこんなタイミングで社会の闇を想起させられるとは思わなかった。やはり編集者もサラリーマンなのだなと。『犬マユゲでいこう』の編集者イヨクようなキラキラした現場フィクションだったんだなと。業界のリアルを叩きつける『écriture』の剛腕は半年ぶりでも健在であった。
閑話休題、ここからはもう少し内容についても触れていく。
鳳雛社編集の岡田から声を掛けられた李奈は、初めて挑戦する純文学作品『十六夜月』を書き上げる。ところが後日、手直しの提案を持ちかけられる。その内容は、難病を患う主人公・史緒里が奇跡的に立ち直る展開を「喪失」で結んで欲しいとのことだった。
このところ鳳雛社では、結末を「喪失」にした感動を売りにした作品が頻発している。その多くは、岡田の上司である副編集長・宗武の手がけた作品で、どれも好調な売れ行きを記録している。
自身の書いた結末を曲げられない李奈は、岡田からの申し出を断る。岡田は李奈の意向に沿う結末で再び部内会議にかけるも、上司からの要請は変わらず。李奈は再度お断りの言葉を告げる。すると、今度は岡田からではなく上司の宗武から修正を持ち掛けられる。その修正案も勿論「喪失」の結末だった・・・。
物語後半に登場人物が珍しい難病や不可避な事故によって命をおとす作品といえば、小説に限らず幅広い媒体で見かけたことがあるだろう。2000年代に学生していた僕としては、当時流行っていたケータイ小説でよく描かれる展開、という認識が未だに根強い。ほかにも、この間読んだ『ノルウェイの森』もそうだし、恋愛映画ではないがも主役角が亡くなって幕を下ろす『アベンジャーズ/エンドゲーム』も名作だった。実際、こういった作品はただ悲しいだけで終わらず、遺された人たちが絶望を乗り越えたりとか、先立たれた者の意思を継いで奮起したりとか、悲しみの中から希望を見出す感じの終わり方をする。感受性の強い人たちならば、遺された登場人物たちに共感し、ともに感動の涙を流せられるだろう。
そう、喪失のある作品は確かに泣ける。しかしそれは作品として筋が通っていればの話だし、必然性があったとしても連発されては流石に冷める。李奈が三度つっぱねたのは、売れた実績に味をしめた喪失ネタに必然性を感じなかったからだろう。勝手な願望ではあるが、読者としては作家さんにはこういった心持ちでいて貰いたい。
しかしながら、商売人の目線で考えるとそうもいってられない。金が絡めば流行りものには飛びつくし便乗もする。成功すれば売れたパターンを何度も擦る。力や金を持つ者には自らすり寄る。宗武が提案した「喪失」もヒットの波に乗じた1つの手段に過ぎない。恐らく作中の世界では、既に他社が便乗し喪失モノを売り出しているはずだろう。そしてほどなく市場は同様なジャンルで埋め尽くされるだろう。で、そのウチ消費者も飽きて次の流行りに移る。多分そんな感じだ。
2000年代に流行ったケータイ小説では「妊娠・強姦・いじめ・不治の病」などといったワードを含んだ作品が頻発していたし、現在進行形で盛り上がるなろう系小説においては「異世界転生、成り上がり、悪役令嬢」等々のジャンルがなおも乱発されている。『モンスターハンター2ndG』が流行った時には狩ゲーが量産されたし、『君の名は』がヒットした時には似た感じのアニメ映画が量産された。
世の流行り廃りと資本主義社会を生きる企業とはそういうものだ。
確かにブームとなっているという事は、それだけ多くの人たちに認められている証拠なわけで、消費者としても内容の面白さが担保されている作品にお金と時間を消費したい。
それでも人間は欲の塊なので常に新しくて珍しい刺激を欲する。だからこそ、新しい体験を与えてくれるクリエイターたちの挑戦が輝いて見える。李奈もそんなクリエイターの1人だろう。彼女のアイディアと挑戦により生み出した『十六夜月』はなんやかんや在りながらも出版にこぎつける。そして本作終盤で描かれる通り、『十六夜月』は多くの読者に支持される結果となる。
本作のような警察沙汰にはならないまでも、我々の知らないところで李奈と宗武のように戦っている作家と編集者がいるだろう。そして、岡田のように出版社内で戦う編集者がいるだろう。
立場も主張も異なるコンビが作り上げる作品が刺激的で面白いものとなることを祈りつつ、この脱線だらけとなった感想文を締めさせてもらう。
ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 IX 人の死なないミステリ (角川文庫)
『ヤングドラゴンエイジ』でコミカライズ開始、人気ビブリオミステリ!
書き下ろし作品が本屋大賞にノミネートされたことで、作家としての評価が少しずつ高まってきていた李奈。そんなある日、岩崎翔吾絡みで因縁のある出版社、鳳雛社の編集者から新作執筆のオファーが舞い込む。数多くの作家が代表作を発表してきた文芸ひとすじの老舗からの誘いに、喜び勇んで会社を訪ねる李奈だったが、そこから思いもよらない事件に巻き込まれていく――。
Amazon.co.jp より
以上、ありがとうございました。
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