『アリアドネの声』の感想

書籍
スポンサーリンク

 井上真偽=著『アリアドネの声』を読んだ。やっと手に取って読めた。先ずはそれだけで満足だった。

 2023年発売の『アリアドネの声』(井上真偽=著)は読書系インフルエンサー等の発信によって大バズを獲得する。一躍話題となった本作は、ほどなくして書店から姿を消すこととなる。(あくまで僕個人による観察)

 2025年となった今でこそ当たり前に購入できる本書だが、当時はそもそも棚に並んでいる店を見つけること自体困難な品薄状態だった。あのAmazonでも欠品状態だったのだからおそらく全国規模の品薄だったのだろう。

 本作は「視覚・聴覚・発声にハンデを持つ要救助者を、ドローンを用いて被災した地下施設から救出する」というサスペンス要素全開の物語となっている。

 崩落と浸水までのタイムリミット、障がいを要救助者の誘導、その他ドローンならではの不安要素…。展開を想像するだけで手汗が溢れてる。ここから更にミステリー要素もあると来たもんだ。こんなのインフルエンサーが発信しなくたって読みたくなるに決まってる。

 だからこそ、当時本書を買えなかった悔しさは忘れられない。ここまで辛酸を飲まされて今更Kindle版で妥協だなんてあり得るはずもない。そうして僕は本作に逆を張り続けるのだった。 

 で、発売より1年以上たった今、ようやく本書購入の念願を叶える。とても面白い。当時期待していた以上に読み応えがある。特殊用語の解説が丁寧で読みやすいうえ、要所に添えられた施設内地図のおかげで空間認識に迷うことがない。読み手のストレスに配慮した作りにユニバーサルデザインな思想を感じずにはいられない。最後のどんでん返しには思わず息を飲んだ。人間の行動原理は理屈ではないのだと信じさせてくれる。本書は美しい人間讃歌の物語である。

 しかしなんといってもドローンの存在が大きい。本作におけるドローンは、救助の要として重要な存在であると同時に様々な不安材料を抱えており、例えばバッテリー残量や電波の有無といった機能的制限のほか、事故による機能不全や操作ミス等々、ドローン操作における注意事項が全てそのまま読者への不安を煽る舞台装置として機能する。墜落によって前面、底面カメラを損傷するシーンは特に印象的で、奇しくも要救助者と同じく視力を失われた状況の緊張感こそ、災害用ドローンを主に据えた本作ならではの感覚だろう。これは余談ですが、視界を点群データと赤外線サーモグラフィで代用する機械的展開に興奮を禁じ得なかったです。

 昨今、技術的成長著しい無人航空機(ドローン)は、その機能向上に伴いさまざまな分野へと活躍の場を広げている。ドローンによる省力化、効率化といった様々な利点は、今や労働者のみならず一般の消費者へも認知が広がっており、その存在は徐々にわれわれの生活圏の中へと定着し始めている。

 ご多分にもれず、僕の勤める会社もドローン様のもたらす恩恵に浴している。弊社のような中小企業が所有する時代なのだ。僻地だろうが関係なくドローンビジネスの高波はやってくる。技術革新は我々がボーっとしている間に大股で走ってくる。この分だとアリアドネシリーズのような革新機能を備えたドローンが実際の災害現場で活躍する日も、案外遠くはないかもしれない。その時、本書のような革新的発想の作品はよくあるパニックサスペンスものと化すのだろうか。

 いまだにドローンを「未来の便利マシン」として畏れている僕では追いつけないステージまで世の中は進んでいる。せめてもっと早く本書を読んでおけばよかった、と後悔しないではいられない。


◯書籍情報
作名・『アリアドネの声』
著者・井上真偽
販売元・株式会社幻冬社
1発売日・2023年6月21日
定価価格・1,600円(税別)
形態・単行本
判型・四六判
ページ数・304
ISBN・9784344041271
『アリアドネの声』井上真偽|幻冬社Gentosha
https://www.gentosha.co.jp/book/detail/9784344041271/

コメント