『マリアビートル』に続き『AX』を読了。以下はその感想とか。
裏社会を生きる業者の表と裏を描いた連作短編集な本作。1作目『グラスホッパー』をハードボイルドサスペンス、次作『マリアビートル』をハイスピードなアクション活劇、とするならば、本作『AX』は差し詰めハートフルマーダーミステリいったところだろうか。
イリーガルな世界観を主としていた「殺し屋シリーズ」内において割と異質な作風となっており、それゆえ過去2作品にはない、新たな試みがチラホラと見られる。
例えば主人公の兜。彼は業界歴20年以上のベテラン業者ありながら、実は妻に頭の上がらない恐妻家な兼業サラリーマンという、シリーズ内においてこれで見られない二面性を秘めたキャラ造形となっている。妻子持ちな主人公なだけあってか、彼を取り巻く何気ない家庭内の日常描写が、それこそ其処彼処に殺し屋たちが跋扈する世界観の作品とは思えないレベルで描かれている。作品の雰囲気としては、一定具合の血生臭さはありつつも、どちらかといえば明るくユーモアスな印象をうける。などと思いきや、後半部(EXIT〜FINE)からは打って変わってハードサスペンスな様相を呈してくる。例えば4編目(EXIT)のベテラン業者同士による緊張感のある立ち合いには、やはり本作も「殺し屋シリーズ」だったのかと思い直さざるを得ない作劇となっおり、以降の5編目ともなるとミステリ要素さえも加わってくるものだから、思わず平和な前半部(AX〜Crayon)との落差で足を挫きそうになった。この、悪が平和のすぐそこまで迫ってくる心許なさには、どこかしら『オーデュポンの祈り』らしさを感じてしまう。相変わらず伊坂幸太郎は「悪」を描くのが上手い。いつだって死は生の隣りにあることを思い出させてくれる。
その他、十数年というシリーズ最長の時間軸などについても、やはりどこかしら挑戦的な意図が感じられる。“伊坂は一昨ごとに異なる技巧を凝らす作家”と文庫版巻末の解説にもある通り、著者はつくづく抽斗が広い人だと思った。
主人公の兜には、同じ妻子を持つ父親として共感できる部分が余りにも多かったためか、特に好意的な思いを傾けながら読み進めていた。彼の生き様こそ、正しく現代を生きる男の姿ではないかと、僕は思ったからだ。
妻に怯えながらも家族を大切に思う姿勢には、業者として裏社会を見てきた者だからこそ感じられる“生”への尊みが感じられる。兜にとって“生”とは家族であり、家族とは兜自身の幸せや未来でもある。深夜の家で過剰なほど音に気をつける姿は、一見理不尽を強いられているように思えるのだが、兜にとっては“生”に対する精一杯の執着なのである。
人は何かに依存することで苦しみを乗り越えるものだ。推しのために頑張る人、趣味のために耐える人、子どもの笑顔を育児の支えとする人、お金によって得られる何のため、地位やら名誉のため、そして家族のため。“死”に並び立つ兜にとって、“生”とは家族であると同時に、“死”の恐怖を払う依存先でもある。ともすれば、家庭の不和はそのまま“生”の崩壊へと繋がる。死なないために、生きるために、文字通り一生懸命な男。それが兜である。そんな懸命な姿には、同じく社会の理不尽と戦う者して、強く共感せずにはいられない。だからこそ4編目後半の“あの一行”は衝撃的だったし、読了した今でも僕はその事実を受け入れ切れていない。やはり“死”はいつだってすぐ側でこちらを見ている。兜の妻の「やれることだけのことはやりなさい」という言葉通り、いつだって生者はやれることを、生者としてやれるうちにやらなくてはならない。
◯書籍情報
作名・『AX』
著者・伊坂幸太郎
販売元・株式会社KADOKAWA
発売日・2020年2月21日
定価価格・680円(税別)
形態・文庫本
判型・A6判
ページ数・384
ISBN・9784041084427
「AX アックス」伊坂幸太郎[角川文庫]|KADOKAWAオフィシャルサイト
https://www.kadokawa.co.jp/product/321903000419/
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