『spring』の感想

書籍
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恩田陸=著『spring』読了しました。
新年度前に読み始めたはずなのに春どころか梅雨の気配すら感じられる時期になってしまったが、どうにか夏まで読み切ることができた。全く知識のないバレイを題材というのを抜きにしても、これはもう牛歩なんてレベルの読書スピードではない。

自らの名に無数の季節を抱く
無二の舞踊家にして
振付家・萬(よろず)春(はる)。
少年は八歳でバレエに出会い、十五歳で海を渡った。
同時代に巡り合う、踊る者 作る者 見る者 奏でる者――
それぞれの情熱がぶつかりあい、
交錯する中で彼の肖像が浮かび上がっていく。
彼は求める。舞台の神を。
憎しみと錯覚するほどに。
一人の天才をめぐる傑作長編小説。

『spring』恩田陸|筑摩書房(https://www.chikumashobo.co.jp/special/spring/

 本作は様々な時代の様々な視点によるバレリーノにして振付師・萬春の半生を描いた物語となっており、彼自身と、そして彼を取り巻くダンサーとクリエイターが如何にして表現の限界に立ち向かっていくのか、といった所謂「天才」やギフテッドたちの葛藤を濃厚な心情描写たっぷりに語られる。凡人の僕でも天才たちの苦悩を追体験しているかのような気になれる一冊でだった。彼らの創作に対する悩みが余りにも壮大なものだから、なんだか僕が普段抱えている悩みがどうしようもなく下らなく思えてしまう。

 一口に「天才」と言っても一様でなく、例えば野球の大谷翔平や将棋の藤井聡太たちのように特定の分野に特化した才能を持つ者もいれば、旧Twitterに謎の改悪を施し続ける天才経営者イーロン・マスクのような常人には理解し難い変人寄りの天才もいる。
 萬春の天才っぷりは面白いほどにイーロン寄りのそれであり、彼の常人離れした奇抜な発想と突飛な奇矯を読んでいるとつくづく天才は変人と紙一重なのだと思わされる。

 しかし、それはあくまでま他者の視点による客観的な見え方に過ぎなった。本当の春はとても繊細で注意深い上に計算高い。集団内における変な立ち位置にも実は彼なりの意味があるし、飄々としているように見えて誰よりも相手をよく観察している。そしてなにもりも彼自身、己が他者と違う容姿と感性を持ったマイノリティであることを誰よりも理解していただけではく、そのことで生じる集団での息苦しさに思い悩んでいた。一見恵まれているように見える人にも悩みはあるし、恵まれているが故に生じる問題はあるということなのか。丁寧に他者目線による春を描いてからの、意外性のある本人目線への切り替え。シンプルながら実に巧妙で面白いミスリードだと思った。

 萬春の半生を描いた『Spring』は、最後に春自身が「春の祭典」を踊ることでその物語の幕を下ろす。そこに至るまでに、読者は3つの視点で語られるそれぞれの時代の春を、春自身の語る春に触れ、最後には春自身も知らない春を知り、春とともに春への理解を深める。そうして「春の祭典」 が披露される。少年時代、集団内での息苦しさに悶えていた春がバレエという自己表現の手段を見つけ、やがて手の届かない高みに召されていく。
 彼の険しくも清々しい半生を思うと、胸に熱いものが込み上げてくるのを感じずにはいられない。表現者・萬春の生き様を表した「春の祭典」。きっと世界を戦慄せしめられたに違いない。

以上


◯書籍情報
作名・『spring』
著者・恩田陸
販売元・株式会社筑摩書房
発売日・2024年3月22日
定価価格・1,800円(税別)
形態・
判型・四六判
ページ数・448
ISBN・9784480805164
『spring』恩田陸|筑摩書房
https://www.chikumashobo.co.jp/special/spring

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