『チルドレン』(講談社文庫)の感想

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一作品読み終えたので今回も読書感想文とやっつけ解説を投稿する。

今回読んだのはこちら

坂幸太郎=著『チルドレン』(講談社文庫)

『チルドレン』ってどんな作品?

『チルドレン』は、講談社発行の小説誌『小説現代』にて掲載されていた連作短編小説集で、2004年に単行本化された後、2007年に文庫本が刊行された。2006年にドラマ版と劇場版が公開されている。

短編集でありながら長編作品としての側面を持っており、各編同一の世界観、同一の登場人物で構成されている。ただし、年代は各編バラバラとなっており、2編目では1編目から12年経過した物語が描かれる。かと思えば3編目ではまた年代が1編目付近まで遡り、そして4編目では2編目の未来が描かれる。そして、5編目では再び1編目付近(1年後)の時代へと戻る。こう文字に起こすと関連性が欠片も感じられない。しかし、後述するクセの強いキャラクター達が5編の物語を繋ぎ、『チルドレン』という一つの長編小説を紡ぎ出している。これこそが『チルドレン』の最大の魅力だと言えるだろう。

どういう物語?

前述した通り、本作は5編からなる短編小説集となっており、世界観と人物は共通してはいるものの、各編時間軸がバラバラで、いずれも物語が独立している。それ故に、1冊分の物語を簡潔に述べるのは中々難しい。

そんな訳で、今回は全5編の簡単なあらすじを以下にまとめてみることにした。

あらすじ①「バンク」

大学生の鴨居陣内は、偶然入った閉店間際の銀行で銀行強盗に巻き込まれる。人質となった2人含めた客と銀行員たちは、皆同様にロープで縛られアニメキャラのお面を着けられる。そんな中、陣内は人質の身でありながら、突如として強盗と人質たちの前でビートルズの楽曲を熱唱する。異様な空気となった銀行内で、ただ1人全盲の青年・永瀬だけは強盗たちの企みを見抜いていた・・・。

あらすじ②「チルドレン」

28歳の家裁調査官・武藤は、同じく調査官の先輩・陣内の読み上げる新聞記事によって過去に受け持った少年・木原志朗のことを思い出す。半年前、面接室で対面した志朗と彼の父は、家族でありながら異様によそよそしく、父に至っては息子に関心を示そうとしなかった。次々と空ぶってゆく質問。遂に武藤は木原家に対し再面接を言い渡た。そして、陣内から預かった芥川の警句集を志朗に渡すのであった。

あらすじ③「レトリーバー」

優子は盲目の青年・永瀬の恋人である。ある日、永瀬の友人・陣内に誘われ、彼がレンタルビデオ店の女性店員に告白する現場に同行することとなった。結果は予想通り陣内の失恋に終わり、3人は駅前の高架歩道に訪れる。陣内はそこで起きている異様な光景に気付くのであった。

あらすじ④「チルドレンⅡ」

少年事件担当から家事事件担当へ異動となった家裁調査官・武藤は、以前同じ職場だった先輩調査官・陣内の誘いで居酒屋へと向かう。そして、そこでアルバイトとして働く少年・丸川明と遭遇した。明は陣内が担当した少年で、現在は試験観察中とのことだった。一方、武藤は離婚調停中の大和夫妻の担当となる。夫・修次と妻・三代子は、互いに娘の親権を譲ろうとはせず、面接は平行線を辿ってゆく。

あらすじ⑤「イン」

盲目の青年・永瀬は、恋人の優子と共に、陣内がアルバイトをしているというデパートの屋上へ来ていた。「蛇」「熊さん」「火の鳥」などなど・・・。ベンチに腰掛けた陣内は、聞こえてくる周りの音と優子からの情報を頼りに、デパート屋上で起きている情景を想像する。優子の離席中、優子とも陣内のものでもない別の人物の足音が陣内に近づく。声質から女性と判断された彼女は、デパート屋上にあるステージで演奏を控えているブラスバンド部の部員で、こっそり活動を見に来た父親を探しているとのことだった。そして程なくして陣内が現れるが、彼の足音はいつもの音と違っていた。


ついでに講談社公式HPによる『チルドレン』のあらすじを以下に引用。

「俺たちは奇跡を起こすんだ」独自の正義感を持ち、いつも周囲を自分のペースに引き込むが、なぜか憎めない男、陣内。彼を中心にして起こる不思議な事件の数々――。何気ない日常に起こった5つの物語が、1つになったとき、予想もしない奇跡が降り注ぐ。ちょっとファニーで、心温まる連作短編の傑作。

出典:『チルドレン』(伊坂幸太郎):講談社文庫(https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000204441)

・・つまりはどんな物語?

大学生であり家裁調査官でもありミュージシャンでもある無茶苦茶で破天荒な男・陣内。彼と、彼を取り巻く4人を中心とした奇跡のような偶然を描く日常の物語。
・・・というのが、自分の中で最も納得できた『チルドレン』超簡単な説明だ。

別にミステリー小説のようなスリルも無いしショックもないサスペンスもない。恋愛小説のように甘くもないし切なくもない。以前当サイトで紹介した『マイクロスパイ・アンサンブル』のようなテイストで、伊坂作品らしく語り手となる人物が最後に物凄くエモい形で絡むパターンの作品となっている。『マイクロスパイ・アンサンブル』が好きな人はハマれる作品だし、逆に『チルドレン』が気に入った人は『マイクロスパイ・アンサンブル』も絶対に気にいる。

主要キャラはどんな人物?

以下に各短編の語り手4人+1人を紹介する。

主要キャラ① 陣内

・独自の価値観と感性を持ち、周りを巻き込む行動力を持った破天荒な男
・独善的で断定的な物言いをするが憎めない性格
・厳格な父親とは深い確執がある
・とあるバンドのメンバーでギターを担当
・全編に登場するが、語り手としては登場しない
・「バンク」「レトリーバー」「イン」では大学生(20歳〜22歳)
・「チルドレン」「チルドレンⅡ」では家裁調査官(32歳〜33歳)

主要キャラ② 鴨居

・陣内の友人で、陣内とはアーケードでギターを演奏している時に偶然出会う
・陣内とは対照的で、冷静で落ち着きのある性格で巻き込まれ体質な男
・ややこしく例える思考パターンが陣内に近づいている
・「バンク」の語り手
・「バンク」「レトリーバー」「イン」で大学生

主要キャラ③ 武藤

・家裁調査官の独身男性
・同じく家裁調査官である陣内の後輩
・押しに弱いところがあるが、程よく隙があり少年からも好かれている様子
・20代後半らしく落ち着きのあるが、脳内では辛辣な物言いをする
・「チルドレン」「チルドレンⅡ」の語り手(28歳〜29歳)

主要キャラ④ 永瀬

・生まれつき視力がない全盲の男
・銀行強盗の人質になった時に陣内と鴨居と知り合う
・目が見えない代わりに周りの音と空気に敏感
・通常視力の人以上に観察力と状況判断の能力が高く、探偵顔負けの推理力を持つ
・盲導犬のベス(メス)を飼っており、巧みな指示で自身のハンデを補う。
・「イン」の語り手

主要キャラ⑤ 優子

・永瀬とは恋人の関係
・永瀬を通して陣内、鴨居と知り合う
・いつも永瀬の傍に居る盲導犬ベスに嫉妬している
・潔癖症だが、目の見えない永瀬に周囲の状況や情景を伝える甲斐甲斐しさがある
・「レトリーバー」の語り手

『チルドレン』の見所は?

なんといってもこの作品、陣内という男の存在感が余りにも大き過ぎる。

上の主要登場人物の紹介を見ていただければ分かる通り、陣内以外の人物は全て陣内と何らかの関わりがある。陣内の紹介で触れている通り、陣内は全編通して登場しており、各編の語り手を巻き込んでイベントを発生させるキーマンとして、すべての物語の中心的な役割を担っている。
極論を言うと、『チルドレン』は陣内の物語そのものであり、陣内こそが『チルドレン』そのものなのである。

陣内=『チルドレン』とした場合、なんだか作品の色々な事象をこじ付けられそうな気になってくる。例えば、表題にもなっている英語のChildren。childの複数形で、意味は「子どもたち」となる。いい年にもなって夢を追い続けているところとか、芥川の警句集に便所の落書きレベルの警句をまとめた冊子を挟んだりするところとか、新聞記事の内容で後輩を弄ってくるところとか、要所要所で三十路とは思えない突き抜けた子どもらしさが伺える。
作中で、陣内は武藤によくこんなことを言っていたそうだ。

子供のことを英語でチャイルドと言うけど、複数になるとチャイルズじゃなくて、チルドレンだろ。別物になるんだよ。

出典:伊坂幸太郎.チルドレン.講談社.講談社文庫.2007.P115

この言葉にもある通り、いい年した大人の子どもらしさを濃縮させることで生まれた人間こそが、別物=規格外・別格な人間である陣内なのではないだろうか。僕はそう思う。

つまり、この作品において陣内は他の人物と比べ圧倒的に別物であり、別格な存在なのである。『チルドレン』を読んだ者は否が応でもにも陣内から目を逸せない。即ち、陣内=見所だ。どう見てもこじつけです本当にありがとうございました。

『チルドレン』を読んだ感想は?

全編通して面白くて大満足な一冊だった。物語の締め方も伊坂作品らしくて非常にエモいし気持ちいい。『チルドレン』は、『オーデュボンの祈り』のような異様さとか猟奇犯罪の匂いも無く、『グラスホッパー』のような血生臭さもなく、極めて普通で一般的な物語なのが良い。やはり伊坂幸太郎童貞を『マイクロスパイ・アンサンブル』で捨てた身としては『チルドレン』の空気感は僕とよく合う。

表題作である『チルドレン』は、家裁調査官という小説やドラマなどでは珍しい仕事にスポットを当てており、どことなくお仕事小説の様相を呈している。多分、この作品を読まなければ、一生家庭裁判所調査官なんて仕事を認知しなかっただろう。それだけでも読んだ価値は十分にあった。

見所で語った通り、なんといってもこの作品は陣内というキャラクター1人で支えているのかってくらい存在感がデカい。ああいった独善的で強引な人物がリアルに居たなら、僕は絶対に近づきたくないし知り合いにもなりたくないだろう。それなのに、無茶苦茶な論理を展開しているようでどこか本質を突いた発言をしているところとか、口は悪くいけどズバッとハッキリとした物言いが気持ちの良かったり、何故か陣内のことが憎みきれず、どこか目が離せない。こんな魅力的なキャラに出会えたのも大きな収穫であった。

ただ一つ気になったのは永瀬の存在だ。この作品が9割以上陣内で作られていたとするなら、なぜ盲目のキャラクターを出す必要があったのか?陣内が滅茶苦茶やっている姿を、なぜ盲目のキャラクターの視点から描く必要があったのか?

僕は永瀬という人物自体嫌いという訳ではなく、むしろ陣内よりも圧倒的に好きだし好感が持てる。盲目である永瀬が語り手である「イン」なんて今までに読んだことのない表現で描かれていたし、他4編と比べて高い臨場感を楽しむことができた。永瀬を主人公にしたミステリー小説があれば是非読んでみたいとさえ思う。

僕が気が付いていないだけで、本当は今作に永瀬が登場している理由があったのかも知れない。読み込みの人ならば、そこら辺もわかったのかも知れないが、僕の低い読書力(ちから)ではどうにも分かりかねる。読書力を鍛え、改めて『チルドレン』に挑戦してみるのもいいかもしれない。

それはそれとして、今作で気に入った陣内のセリフがあるので以下に引用してご紹介しておく。

「そもそも、大人が恰好良ければ、子供はぐれねえんだよ」

出典:伊坂幸太郎.チルドレン.講談社.講談社文庫.2007.P229

まとめ

  • 破天荒な男陣内を取り巻く5人の男女が起こすちょっとした奇跡の物語
  • 陣内の、陣内による、陣内のための作品
  • 家裁調査官を扱ったお仕事小説的な側面を持つ

どうやら『サブマリン』という作品が今作『チルドレン』の次回作に当たるらしい。今積んでいる文庫本を読み終えた次に『サブマリン』を読んでみたいと思う。

以上、ありがとうございました。

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