特殊体質を有する五十九彦、三瑚嬢、蝶八隗の三人が「天軸」を目指して旅をする物語。ネーミングとプロットが『西遊記』やないかい。「天軸」とは人工知能の指す名称であり、大規模な停電やウイルスの蔓延を引き起こし、世界を破滅寸前のところまで追い込んだ大元凶でもある。そこに行けば願いが叶うこともなければ、ありがたいお経を授けてくれることもない。ほな『西遊記』と違うかぁ。それならば「天軸」に辿り着くとどうなってしまうのか。
自然界において人類は、個体数の差はあれど、数多に存在する生物群の中の一つに過ぎない。我々人類の営みも自然界の営みの一部分でしかなく、人一人の一生なんてものは、自然界においてほんの極刹那的な営みでしかない。人が自然の一部だというのならば、例えば人を伝い蔓延する感染症、或いは人による環境汚染でさえも、自然界の営みによりもたらされた自然な事象であるといえる。
地球上の生物が、人間にとっての微生物と同じような存在であるとするならば、人間の引き起こす環境汚染はウイルスや細菌が人体に引き起こす感染症のようなものともいえる。人体の場合、好中球やらマクロファージやらの免疫機能が細菌を排除しようと働く。唾液や発汗が細菌の侵入を防ぎ、新陳代謝によって傷ついた身体を修復する自浄作用だってある。ならば、地球にだって外敵を排除しようと働く何らかの免疫機能があったっていい。
風や水、虫や鳥などを伝い蔓延する感染症が地球の免疫機能によって発生するものならば。地震や洪水、温暖・寒冷化さえもが免疫機能だとすれば。人間は地球にとつて有用ではなかった。
本書はAI(人工知能)ならぬNI(自然知能)が人類を排除しようとシンギュラリティを起こした世界が描かれている。
なんとも皮肉の効き方がまるで寓話のようである。これが世界の真実である、語られたとして、よほど気が病んでいる時でもなければ耳を貸そうという気にはなれない。冷静に考えれば胡散臭い話だ。しかしながら、これまで地球に与え続けた負荷を考えると、人類が雑菌認定されるのもやむなしだとも思えてくる。人が積んできた業により罰が下され、滅んでしまうのあれば、それを自然の摂理とし、静かに受け入れてもいいのではないか。自然淘汰のすえ人類が繁栄したというのならば、人類もまた自然によって淘汰されて然るべきではないか。悶々と考えずにはいられない。
人間を含む万物は自然界の一部である。なんだか経典の「色即是空」に似ている気がしないでもない。ほな『西遊記』やないかい。
◯書籍情報
作名・『楽園の楽園』
著者・伊坂幸太郎
販売元・株式会社中央公論新社
発売日・2025年1月22日
定価価格・1,500円(税別)
形態・単行本
判型・四六判
ページ数・104
ISBN・9784120058752
楽園の楽園 -伊坂幸太郎 著|単行本 https://www.chuko.co.jp/tanko/2025/01/005875.html
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