『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 XI 誰が書いたかシャーロック』の感想

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著=松岡圭祐『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 XI 誰が書いたかシャーロック』を読んだ。

ベストセラー作家になっても変わらない日々を送る李奈 。いつものようにコンビニバイトを終えて自宅マンションに帰り着くと、そこには担当編集の菊池と同い年の小説家、優佳の姿が。じれた様子の2人ら“ある賞”の候補になったことを知らされる。加えてその後、コナン・ドイル著『バスカヴィル家の犬』の謎の解明を英国大使館から依頼される。その謎とは? いったいどんな目的で? そして、気になる賞の行方は……。

出典:『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 XI 誰が書いたかシャーロック』裏表紙紹介文より

『écriture』について

先ずは『écriture』シリーズがどんな作品なのか簡単におさらいしよう。

・文芸知識豊富な女性新人作家・杉浦李奈が探偵役のミステリ作品
・作家間の怨恨やら編集との不和等々の文壇に纏わる事件が起こる
・実在の名著・作家・出版社が登場
・関係者しか知り得ない出版業界の内部事情が赤裸々に語られる

なんといっても『écriture』の面白さは普段見ることのない出版界隈の裏側が垣間見れる点にある。しかも一般人の目線ではなく、同界隈で苦しむ新人作家からの景色な点も興味深い。

例えば新人作家が専業で生きていくことがどれほど難しいか、なんて事情は多くの読者は考えもしないだろうし、作家と編集による書店回りがどんな様子かなんてことは、普通に生きているだけでは想像することすらないだろう。
『écriture』はそうした出版に関わる苦悩と葛藤を物語を通して覗き見ることができる。

また、実在する作品やその著者名だけではなく、現在も活躍する出版社までもがそのまま作品へ登場する。知る人ぞ知る文芸ネタにニンマリできて良し、触れたことのない名作を知れて良しと、本好きなら誰でも楽しめる点も本シリーズの魅力の1つだ。

直木賞と『バスカヴィル家の犬』の謎

初の純文学作品『十六夜月』の大ヒットにより前巻冒頭でタワマン売れっ子作家へとクラスチェンジした新人(?)作家である主人公・杉浦李奈。阿佐ヶ谷の手動ロック式アパートに住んでいた初期の姿は見る影もない。

ここまで来ればもうおおよそ成功したと言って差し支えのない暮らしの李奈のもとに次なる転機が訪れる。新作『ニュクスの子供たち、そして私』が直木三十五賞の候補として挙げられたのだ。
直木賞といえば、芥川賞と並び本好きなら誰もが大注目の文学賞である。候補としてノミネートされるだけで各ネットニュースサイトで取り上げられるだけでは留まらず、書店では受賞発表前から候補作品専用のコーナーが設けられ大々的に並べられる。読者目線で考えても、受賞してもしなくても、その名を広く認知してもらえる大変美味しいチャンスのはずだ。加えて、KADOKAWAを通じて李奈のもとに英国大使館からの依頼が舞い込む。それは、シャーロック・ホームズシリーズでおなじみのコナン・ドイルによる著書『バスカヴィル家の犬』に纏わる謎の解明の依頼だった。その依頼は李奈だけに限らず世界各国の有識者にも依頼していとのことで、少なからず世界から李奈に注目が集まることとなった。

こうして李奈のもとに、その名を広く知ってもらえるかつてないチャンスが舞い込んできた、はずなのだが・・・

作家の抱える孤独

作中に以下のような記述がある。

菊池が李奈に向き直り、ひそひそとささやいてきた。「直木賞候補に選ばれてから発表までの一か月は、みんな精神状態が不安定になりがちでね。創作に打ちこもうとしてもなかなか集中できず、不眠になったり深酒に走ったりする」

出典:松岡圭祐.ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 XI 誰が書いたかシャーロック.株式会社KADOKAWA.2024.P36

『十六夜月』がベストセラーになったときは、編集者の知り合いが急増したが、『ニュクスの子供たち、そして私』の直木賞候補をきっかけに、今度はほとんどが疎遠になった。なぜか触らぬ神に祟りなし的な扱いを受けている。これが候補者の常なのだろうか。

出典:松岡圭祐.ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 XI 誰が書いたかシャーロック.株式会社KADOKAWA.2024.P70

本作は特に「孤独」について描かれている。

李奈はら直木賞の候補となったことで周囲から人が離れていくの感じていた。
引用した記述の通り、直木賞候補者として選ばれた者は発表までの間に精神状態が不安定になりやすく、事情を知る出版関係者からはあえて候補者と距離を取られることがあるそうだ。どうやら直木賞は一般人が思うよりも気楽で美味しい話などではないらしい。

確かに名誉な賞だと認識はしているが、候補となった者が発表前に精神に異常をきたすほどの重い誉れなのは知らなかった。しかも近づき難くなるほどとあれば、それは余程重たいプレッシャーなのだろう。これは確かに世間から注目される賞なだけはある。

李奈を苛む孤独はそれだけに留まらない。
直木賞候補となり英国大使館からの依頼を進めていたある時、李奈は突如現れた凶暴な大型犬からの襲撃を受ける。なんとその犬は、英国側から依頼された作品『バスカヴィル家の犬』に登場する魔犬とそっくりな形姿をしていた。幸いにも難を逃れたものの、誰も李奈が遭遇した出来事を信じようとはしない。駆けつけた警察官はおろか作家仲間の優佳からさえも懐疑的な目を向けられてしまい、挙句は世間からは売名を疑う声もあがる。

その後、李奈は単身でイギリスへ飛び、フレッチャー・ロビンソンによる『バスカヴィル家の犬』の真贋調査を行うのだが・・・
日本を飛び出した李奈はそこでも孤独に苛まれることになる。

毎巻、望まぬ形でなんらかの事件に巻き込まれていく李奈であったが、今回は特に不憫な目にあっているように思える。個人事業主だからってここまで孤独なものなのかと。
成功と引き換えに得るものが孤独というのならば、小説家とはなかなかに常ならぬ生業である。プロ作家の持つ創作への情熱とはそれほどまでに熱く燃やし続けられるものなのだろうか。痛みに耐え、それでも創作をし続けるクリエイターには、心から尊敬の念に堪えない。

感想

シリーズを読んできた読者にとって李奈の直木賞候補入りは、架空のキャラの事ながらただただ嬉しい。最後とんでもない引っ張り方をしてくれたのは癪だが賞の結果が気になって仕方ない。松岡先生には2〜3ヶ月ペースとは言わず毎月新作出して欲しい。

あと、やはり気になったのは優佳のアニメ原作者としての立ち場についてだろう。映像化作品における原作者の在り方について今作でもそれはもう辛辣に描かれていて、某事件のような悲劇が世に露わになった直後だったものだから読んでて気が気ではいられなかった。会議に居ても居なくても変わらないのであれば何のための原作者なのか。テレビマンの考えてることは本当にわからん。

作家の孤独さといい原作者の立ち場といい、色々と考えさせられる11巻だった。といったところで感想はこのあたりにしておく。
主人公・杉浦李奈の今後の発展とご多幸を願いうと同時に、作家先生方への感謝とリスペクトの念を込めて、当感想記事の結の挨拶とさせていただく。


◯書籍情報
作名・『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 XI 誰が書いたかシャーロック』
著者・松岡圭祐
販売元・株式会社KADOKAWA
発売日・2024年1月23日
定価価格・840円(税別)
形態・文庫本
判型・A6判
ページ数・304
ISBN・978404114686
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