『瀬戸内海の見える一軒家 庭と神様、しっぽ付き』感想

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支倉凍砂=著『瀬戸内海の見える一軒家 庭と神様、しっぽ付き』(中公文庫)を読んだ。

瀬戸内海の見える一軒家 庭と神様、しっぽ付き -支倉凍砂 著|中公文庫|中央公論新社

なんとこの作品、舞台が愛媛県である加え、著者はなんとあの「狼と香辛料」でお馴染みの支倉凍砂さんとなっている。僕的にはもう、読む前から期待値がかなり高い。

そんな本作の紹介と感想を以下にまとめてみる。

『瀬戸内海の見える一軒家 庭と神様、しっぽ付き』の紹介

デザイナー志望だった高野たかの加乃かのはある日、関東のデザイン会社を追い出される形で退職したのを機に、亡き祖母の遺した愛媛県松山市(旧北条市)の家へ流れるように流れ住むことになった。
引っ越して来て間もない日の夜、庭のお社に捧げたチョコバーを夜な夜な貪り食う狐・佐助さすけと出会う。さらに、旧北条市の地を管理する龍神の少女・龍姫たつきが、佐助の気配を察知して加乃の前に現れる。龍姫は加乃に、四国は狸が治める地であること、佐助が由緒正しき京都稲荷伏見大社の出であること、稲荷狐が無許可で愛媛を彷徨くのは大変に不味いことなどを明かす。事情を知った加乃は、似た境遇により巡り合った佐助を保護する形で受け入れるのであった。
こうして、風早の地で巡り合ったアラフォー女子の加乃と稲荷狐の佐助、幼き龍神の龍姫、ビーチで出会う狸の千代ちよたちとの奇妙な生活が始まる・・。

といった流れのほのぼのストーリーとなっている。
雑にまとめると「人と人外のスローライフドラマ」である。

実際の愛媛県松山市(旧北条市を含む)が舞台となっており、「伊予八百八狸」を始めとした物語、神仏、伝承の数々を多分に取り入れている。素朴で美しい街並みをリアルな質感で描きつつも、知る人ぞ知るあの雑誌やあの店などなどがえ描かれており、所々に愛媛への深い愛情が垣間見られる。

化け狐がメインキャラということもあり、全体的にSF要素の強めな作品となっている。が、若干ラノベ寄りの作風であることに加え、どこかまったりした空気感漂う作風も相まってか、かなり取っ付きやすくいマイルドなエンタメ作品に仕上がっている。後半の雰囲気が重いはずの展開にも関わらず、驚くほど殺伐さが感じられない。難しく考えず気軽に読むには丁度いい作品だと言えるだろう。

また、支倉凍砂さんといえば、かつてアニメ化もされ様々なメディアミックス展開が行われた作品『狼と香辛料』の著者であり、人間と人外の物語を書かせればこの人しか居ないのではないかと思わせるくらい実績のある小説家でもある。本作も、夢破れた人間の女性と家出狐少年の物語となっているが、これこそ「竜に翼を得たるが如し」な組み合わせだと言える。
ここまで安心感の高い作品はそうそう無い。

『瀬戸内海の見える一軒家 庭と神様、しっぽ付き』の感想

美しい風景描写。魅力的なキャラクターたち。エンタメ全振りなSF設定。
どれも最高で、地元・愛媛県をもっと好きになれる素晴らしい作品だった。

先述した通り、この作品は舞台となる愛媛県松山市となっており、普段生活している地ということもあってか、描かれる風景描写が脳裏へ鮮明に映し出される。北条にある鹿島行きの港周辺だったり、ロープウェイから登った松山城周辺の景色だったり、フライブルク通りの中心地からの外れ具合だったりと、住んでる人ならわかるいつもの情景がありありと浮かんでくるため、正直なはなし、情景を脳内で構築しなくて良い分読んでいて凄く楽だったし、知ってる土地が出てくるだけでもすごく楽しかったもりする。同じ松山市が舞台の作品である夏目漱石の『坊っちゃん』があるが、読んでいる時に浮かぶ既視感とワクワク感は、正に本作を読む時と同じだったように思う。

あとは、なんと言っても登場キャラクターがどれも可愛く、魅力的な点も良かった。特に稲荷狐の佐助を始めとした人外キャラはどれも個性的で良い。実質もう1人の主人公である佐助は、人間体の時は小生意気な小学生男児なのに、狐体となると途端に人懐っこいマスコットキャラへと変貌を果たす。にも関わらず、緊急時には男らしさ一面を見せることもあるし、困っている女性への気遣いも出来るいい男だったりもするギャップを備え持っている。そんな佐助に対して密かに想いを寄せている龍神少女の龍姫も可愛く良い。自身の頭に伸びる小さな角をコンプレックスに感じていたり、下請け的立場である故に狸達へ頭が上がらなかったり、想い人(狐)の佐助に振り回されたりと、何かと不遇な扱いの彼女。それでも龍神としての役目を全うしようとするだけではなく、加乃や佐助に対して献身的に接する姿がなんとも可憐で健気だったりもする。お互い、幼くはあるが実は芯が強い点も、ギャップとしていい感じに作用している。そんな2人がわちゃわちゃしつつも、実は不器用ながらちゃんと互いを支え合っているのが何より尊い。

人外たちのドタバタ日常だけかと思いきや、人外たちのトンデモパワーによるトンデモ事件なんかもしっかりと繰り広げられる。八股榎お袖さんや隠神刑部たち狸が騒動の中心を担っている点も非常に愛媛県らしい。実際に表立って登場する狸はメインキャラの1人・千代だけになるが、設定上は人々の生活までも脅かす程に強大な権力を持つことが明かされる。例えば、松山市役所内には大四国狸連合会の窓口があったり、市長へ口添えするためのパイプを持っていたりと、県民を裏で統べる影の支配者的立ち位置となっている。

そんな狸たちも物語後半になると、2つの権力を持つ勢力が利権を巡り対立し、睨み合う事態へと発展する。こうなると、さながら「平成狸合戦ぽんぽこ」の様相を呈してくるが、やはり狸というだけあって、どうしてもシュールな絵面が浮かんできてしまう。狸同士のいざこざがどうやって治るか、是非その目で確かめて頂きたい。

この本を読んで、改めて自身の住む街に興味を持つようになった。
そして、これまで全く関心のなかった狸の伝説についても、今では知ってみたいと思えるようになった。
読めば愛媛が好きになる素晴らしい一冊なので、愛媛県民なら是非一度読んでみて欲しい。
というか愛媛は県を挙げてもっとこの本を売り込んだ方がいいのではないだろうかと思う。

まとめ

今回は『瀬戸内海の見える一軒家 庭と神様、しっぽ付き』の紹介と読後の感想をまとめてみた。

もう期待通り、楽しくのんびりした気持ちになれる作品だった!
暗い雰囲気の作品を読んだ後とか、気分が沈んだ時とかに読むにはこの上なく丁度良い。

イラストも所々に挟まってはいるが割と硬めの文体の作品となっているため、一見「ラノベ」の様に見えなくもないが、読んでみるとしっかり読み応えのある「小説」となっている。小説に慣れていない人でも手に取りやすいし、十分に読みやすい。尚且つ定価858円(税込)と価格もお手軽であり、幅広い層の方にオススメしたい。
興味を持った方は是非一読していただきたい。

瀬戸内海の見える一軒家 庭と神様、しっぽ付き (中公文庫 は 78-1) 

東京でデザイナーになる夢が破れ、祖母の遺した家に引っ越してきた加乃。そこへ転がり込んできたのは、伏見から家出してきた稲荷狐だった。新天地でのリスタート同士の一人と一匹だが、土地の龍神の少女が言うことには、ここ愛媛県松山市は昔から狸が支配する地で稲荷狐なんて見つかったら命はないという。いきなり波乱の新生活の行方は――!?

Amazon.co.jp より

以上、ありがとうございました!

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