『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅷ 太宰治にグッド・バイ』感想

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松岡圭祐=著『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅷ 太宰治にグッド・バイ』を読んだ。

カクヨムへの投稿作品が見初められた事を機に、本作主人公・杉浦李奈はプロ作家の道へ足を踏み入れる。そうして新人作家として執筆を続ける傍ら、半ば巻き込まれて行く形ではあるが、文芸・出版界隈で発生する事件に関わっていく。優れた洞察力と文芸知識によって数多くの事件を解決まで導いた李奈は、作家でありながら警察関係者からも一目置かれる存在となる。

そうした経験が糧となり産まれた一般文芸書『マチベの試金石』は、李奈の内面の成長と呼応するかの様に順調に販売部数を伸ばす。『マチベの試金石』は悪質な妨害に遭いながらも読者から正当な評価を受け、本屋大賞ノミネート作品として選出されるまでに至る。

数々の事件に巻き込まれながらも、李奈は確実に小説家としてステップアップを続ける。そして、新たなステージへと足を踏み入れるのであった。

と、ここまでが前作までのお話し。以下は裏表紙の紹介文からあらすじを引用

太宰治の遺書とみられる文章が、75年ぶりに発見された。太宰本人の筆である可能性が高いことから筆跡鑑定が進められていたが、真贋判定の直前に仕事部屋で起きたボヤにより鑑定人が不審な死を遂げる。李奈りなが真相究明に乗り出すが、同時期に本屋大賞にノミネートされた同業者のひいらぎが行方不明となったことで、胸中は穏やかではない。太宰の遺書と気鋭の作家の失踪に関連は?その遺書は本物か?手に汗握るビブリオエンタメ!

出典:『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅷ 太宰治にグッド・バイ』裏表紙より

『マチベの試金石』によって多少懐が暖かくなった李奈。前作『Ⅶ』では壁の薄い1DKアパートから、オートロック付き1LDK鉄筋マンションへと住まいを移し、分かりやすく生活の質が向上する。
そして、今作『Ⅷ』では他所行きドレスが一張羅の1着から3着へ増加と、表紙イラストぐらいでしか変化に気づかないレベルではあるが、確実に作家としての生活が豊かになっている。それでもコンビニバイトを辞めて作家一本という訳にはいかない様で、作家業が如何に厳しい業種なのかが伺える。

そんな李奈は、太宰治の遺書を巡る鑑定士死亡事件に挑む。遺書の可能性が高い文書の存在はすぐに世間へ知れ渡り、ファンをはじめとした多くの人々の関心を集めた。しかし、本物か否か解き明かされる前に、鑑定士宅で起きたボヤによって遺書と見られる文書は焼失してしまう。その後、政府関係者によって遺書の真偽と、遺書の内容が太宰治の遺作『グッド・バイ』に酷似していた事が明らかとなる。この報道により、故人・太宰治はまたもや注目されることになり、書店で今尚売れている太宰作品の売れ筋が更に伸びるまでに至る。李奈も明らかとなった遺書の内容に驚きながらも、警察からの捜査依頼により鑑定士死亡事件の解明に協力する。その傍ら、太宰治を調べる専門家たちの元へ訪ね、太宰自身の作家感と遺書が意味する真意の究明に乗り出す。

時を同じくして、同業男性作家である柊日和麗(ひいらぎ ひかり)が行方不明となった。李奈と柊は、同じくノミネートされた本屋大賞受賞を逃した仲だけではなく、志を同じくし、互いに作家として苦労を共有する理解者通しであった。そんな柊に、李奈は強く心惹かれていた。自身の気持ちの正体に気づかぬまま、李奈は柊を担当する鷹揚社編集・小松と共に、失踪した柊の痕跡を辿って行く。

焼失した太宰の遺書と同業作家である柊の失踪。愛人との別れを告げる太宰の『グッド・バイ』と、まだ始まってもいない李奈の想い。結末の読めない2人の物語が動き出す。


↓以下感想

本作『Ⅷ』のキーワードは「太宰治」「恋」

「太宰治」の名は『écriture』シリーズ内でも度々取り上げられており、例えば1作目においては、芥川龍之介と作家感を比較するためその名を引き合いに出された。それが今作『Ⅷ』では、その名がそのままサブタイトルになる程の高待遇っぷりを獲得している。
故に、太宰治は『écriture』シリーズにおける準レギュラーキャラであり、最新刊『Ⅷ』におけるレギュラーキャラの1人と言えるだろう。

もう一つキーワード「恋」は、今作より登場する男性作家・柊日和麗へ向けた李奈の想いを指す。そして、サブタイトルにもある太宰治の遺作『グッド・バイ』が織りなす愛憎にも掛かっている。10人近くいる愛人へ順繰り別れを告げる『グッド・バイ』と、李奈のピュアな恋模様。この極端過ぎる対比が両者の恋愛感を強く引き立てる。2人でデートをする姿を妄想したり、既読の付かないメッセージアプリを何度も確認したりと、今まで見せなかった李奈の女性らしい一面が見られたのは、シリーズのファンとして大変嬉しい限りである。
ただ一点惜しむらくは、相手方が思い入れが皆無であるぽっと出のキャラだったことだ。

また、今回も相変わらず李奈の巻き込まれ体質は変わらない。今回も警察の要請を受け事件の謎に迫る。またも望まぬ形でメディアへの露出を果たす李奈に哀れみすら覚えてしまう。台詞の語尾にある三点リーダーがその不幸っぷりを余計に引き立たせている様にも見える。
6月から連載開始されるコミカライズ版では李奈の額に掛かる影に注目したい。

今回の事件は、内側から施錠された室内で起きた火災及び筆跡鑑定士死亡事件であった。事件直前、鑑定士宅に集められた週刊誌編集には皆同様にアリバイがあるし、密室である以上、外部からの侵入は考えられない。遺書が太宰治本人の物であるとマスコミへ豪語していた手前、自身の手でその命諸共焼き尽くすとは考え難い。それとも、太宰の遺書は自身を死に追いやるほど衝撃的な内容だったのか。正直、終盤の解決パートを読まないと一生トリックが解けなかっただろう。そのくらい難しく意外性のある事件だった。

『écriture』は、主人公・杉浦李奈が小説家として、そして1人の人間として成長する過程を楽しむ作品でもある。そんな李奈が1人の男性と心を通わせることで、今までになかった心の揺らぎと、更なる成長の兆しを見せる。
柊日和麗との行末と、そして愛故に起きた事件の顛末は、是非本書を読んで確認して欲しい。

ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 VIII 太宰治にグッド・バイ (角川文庫)

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太宰治の遺書とみられる文書が、75年ぶりに発見された。太宰本人の筆である可能性が高いことから筆跡鑑定が進められていたが、真贋判定の直前に仕事部屋で起きたボヤにより鑑定人が不審な死を遂げる。李奈が真相究明に乗り出すが、同時期に本屋大賞にノミネートされた同業者の柊が行方不明になったことで、胸中は穏やかではない。太宰の遺書と気鋭の作家の失踪に関連は? そして遺書は本物か? 手に汗握るビブリオエンタメ!

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以上、ありがとうございました。

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