【育児日記7】言語の発達と赤ちゃん達の個性

育児日記
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お疲れ様です、manjiです卍

先ずは息子の近況だが、つい最近1歳9ヶ月を迎えた。

だからといって8ヶ月→9ヶ月の時間経過だけで、外見や出来る事に劇的に変化が見られるものではない。日々の声かけや体験によって積み重なっていき、長い時間をかけて大きく成長していく事を僕は育児で学んだ。

そうは言っても毎月誕生月齢が増えていくのは親として嬉しく愛おしいものだ。「今日で1歳◯ヶ月だね〜」という家族の会話でさえ尊く思えてくる。
これが親バカというものなのだろうか?
いいや、親なら誰だってそーする。オレもそーする。

お喋り上手になり表現力アップ!

あまり変化が無いと上で述べたが、ここ最近で息子の喋れる単語量と発言量が増えてきた。
具体的には、「マンマ」「ネンネ」「パイパイ」などの一語文のみの表現から、「マンマ、チョーダイ」「ココ、アケテ」といった二語文の表現に変化が1番大きい。
まだ全てを二語文で言えるようになった訳ではないし、文字数の多い単語をまだ上手く喋れない。言葉の表現よりも、状況や指さしなどの動きから考えを読み取る場合の方が多い。
しかしこの成長は立派な大人への大きな進歩であり、日々の声かけの成果の表れなのである。
そして何よりも、子ども自身が頑張ってきた証拠なのだ。

この様に、子供の「出来る」が増えていく事にこそ、日々の育児の楽しさとやり甲斐を見出せていけるものだ。

ここで成長の過程を見てきて思ったのだが、赤ちゃんの言葉というのは本当に不思議なものだ。
上述したよくある一語文を息子も使っているが、「どうしてそんな言葉で覚えたの?」と思ってしまうほどに変わった現在も言葉を喋っている。

特にそう思えた要因は「アンパンマンの名前」の呼び方にある。

子ども独自の名称について

ご存じみんな大好き「アンパンマン」。通常の場合、大人なら彼のことを「アンパンマン」と呼ぶだろう。
しかし子ども、特に1歳児は違う。アンパンマンという6文字をハッキリとした口調で喋り切る事は赤ちゃんにとって難しいことだ。
なので、縮めて「アンパン」や「パン」「パンパン」といった名称に変換されるものだ。現に親戚の娘(当時1歳9ヶ月)は「アンパン」と言っていた。
実際、少し一緒に過ごしていると、状況と行動とが合わさればその単語でも十分に伝わる。むしろ分かりやすい方だと思う。

しかしうちの息子はちょっと違う。「アンパンマン」=「バイキン」なのである。

しかも「バイキン」は1つのキャラクターを指す名称ではない。
息子にとって「バイキン」とはバイキンマンであり、カレーパンマンでもあり、しょくぱんまんでもある。そして更にはその他のキャラクターの名称でもあり、アンパンマンのオモチャに関連したYouTube動画の意味をも持っている。余りにも万能に使い過ぎる。

最初はバイキンマンの事を言っているのか思い「うちの子はヒールキャラが好きなのかー」と勝手に想像していたのだが、「作品に登場するキャラクター、または作品に関連した商品や二時創作物」と、1単語にしては余りにも広過ぎる意味を持った単語だったようだ。「タイヤが付いた乗り物」=「ブーブー」と同じ感覚だろう。

おかげで家で過ごす時間において「バイキン」という言葉を聞かない日が無い。

「おかしい」は悪いことなのか?

アンパンマンのキャラたちの名前について、ここまで難解な言葉に変換して喋るのはうちの息子ぐらいではないだろうか?
そう思い、ほかの子どもたちの「アンパンマン」について検証をしようと思ったが、ここで大きな問題がある。

僕はボッチであり、コミュ障でもある。
オマケにコロナの流行である。ウィルスのせいもあってか、他所の子どもたちに対面で話せるような状況ではない。

そんな事もあり、同様に変わった名称を付けている子を見つける事が出来なかった。(変わった・面白い名称で喋っている子がいたら是非教えて下さい。)

「うちの子だけどこかおかしいのか・・・?」そんな風に不安に思っていた時期もあったりした。

しかしそんな不安はすぐに杞憂に終わり、今では片言ではあるが「アンパンマン」と喋っている。
他の長めの言葉は上手に喋れないようだが、「アンパンマン」だけは割と聞き取りやすく喋ってくれる。
大好きなアンパンマンだから息子なりに頑張ったのだろう。僕も初めて聞き取れた時は嬉しくて、頭をくしゃくしゃに撫でていっぱい褒めてあげた。

その後、他のキャラクターも片言ではあるがそれぞれの名前で呼ぼうとしているが、バイキンマンだけは今でも「バイキン」である。
この子、やっぱりヒールキャラが好きなのでは??

アンパンマンの呼び名=子と親の個性

息子がお喋り上手になり、冷静な頭で不安だった時のことを思い返してみた。
今考えてみると「バイキン」とは息子の『個性』そのものだったのではないだろうか。

だって考えてみて欲しい。いくら少子化が世間で問題となったといっても、それなり数の赤ちゃんは日本に居て、赤ちゃんの数だけ親と子の悩みはある。
そして赤ちゃんの数だけ家族独自の会話があり、その中で使われる単語も違うはずだ。
これはもうその子どもだけではなく、親を含めた家族の『個性』なのかもしれない。

中には早い段階でハッキリと喋る子どもも居るかもしれない。また、「バイキン」よりも難解で分かりづらい言葉を喋る子もいるだろう。
それもまた、その子の立派な『個性』なのである。

今も尚ウィルスの蔓延は収まる様子は見られない。そうなると、色々な容姿・性格の子どもと会う機会が減り、価値観がどんどん狭くなっていってしまうだろう。
しかしここは「変わったところ=個性」という前向きな考えを持ち、子どもを信じて見守ってあげて下さい。きっとあなたの愛情は子どもに届く事でしょう。

僕の思いも息子に届いていると信じています。

Bitly

   

   

以上、お疲れ様でした!

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